岡院の石棺

2009年12月12日
古墳時代の遺跡ですが、マイナー中のマイナー、岡院の石棺(兵庫県尼崎市御園2丁目4)です。
岡院の石棺3  岡院の石棺2
岡院は“おかいん”ではなく“ごいん”と読みます。

昭和38年に現在地に移設されるまで岡院の用水路に石橋としてかけられ、硯橋とよばれていました。
古墳時代中期の凝灰岩製の長持形か家形石棺の蓋石です。
現在は内面を上にした状態で、阪急神戸線の北側の水路沿いに周囲をコンクリートで固められて保存されています。
そのため、表面を見ることはできません。

法量は、長さ191.7cm、幅81.2cm、最大厚約30cmで、内面は、最大長辺140.2cm、最小短辺52cmの浅い刳り抜きです。
石材は兵庫県高砂市付近で産出する竜出石。
内面には一面に朱の痕跡がありました。

現在、尼崎市内で最古の石棺と考えられますが、どの古墳に伴ったものか明らかではありません。
このあたりは塚口古墳群と呼ばれるほどに古墳が集中していたところですからその内の一つから出たものと思われます。
奈良県立橿原考古学研所友史会2008年6月例会&尼崎市教育委員会より


阪急電鉄神戸線園田駅と塚口駅のちょうど中間地点にあります。
線路脇にあるので、園田駅から西へ約2㎞か、塚口駅から東へ約1.7㎞線路沿いを歩くかです。
距離的にはそれほどかわりません。

岡院の石棺はこの石全部が遺物ではないのです。
最初に見たときは全部が石棺の蓋だと思っていました。
しかし説明を読んでいくと、この四角はコンクリートでその中にある凸凹の部分が石棺の蓋だそうです。

コンクリートで保護されているとはいえ、内側には朱が見られたというのに、内側を上にして風雨に晒され、朱はすっかりきれいに消えてしまっています。
さらにその前は、橋に使われてたというので、その時に朱が消えたのかもしれませんね。
本当に大事にされていなかった遺物だったのですね。

地元の人間でもほとんど知らない史跡なのですが、橿原考古学研究所が古墳ツアーで訪れるぐらいですから、重要な何かがある蓋なのでしょうか?
橿原考古学研究所といえば、藤の木古墳か高松塚古墳か…奈良で発見された超がつくほど有名で、重要な古墳などの時に関わっている第一級研究所ですよね。
素人の私からすれば、日本で一番権威のある研究所だと思っているのですが…。



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