白兎海岸 壱

2009年12月01日
鳥取砂丘までは行けませんでしがた、白兎海岸(鳥取県鳥取市白兎884-1)には寄ってきました。
白兎海岸6
神話“因幡の白兎”の舞台となったのが白兎海岸です。
天然記念物の“ハマナス”の自生南限地でもあります。

【因幡の白兎】
出雲神話の一つ。
「稻羽之素菟」(『古事記』)。
素をシロと読むことから白兎との俗説が広まりました。
素をシロと読む時は「素人」のように「ただの」の意で白ではなく、また、素足、素手の場合は裸を意味します。

日本に存在したウサギはニホンノウサギ等であり、一般にアルビノ(白兎)ではありません。
野生のノウサギの場合、ガマの開花期に白い冬毛になることはなく、浅瀬にサメかワニ(後述)がいるような土地では冬に白くなることさえありません。

淤岐島(所在不明)から因幡国に渡るため、兎が海の上に並んだ和邇(ワニ)の背を欺き渡ったが、最後にワニに着物を剥ぎ取られ、八十神(やそがみ)の教えに従って潮に浴し風に吹かれたために身の皮が裂け、苦しているのを大穴牟遲神(オオナムヂ、大国主神)が救うというお話です。


大国主には多くの兄弟(八十神)がいました。
大穴牟遲神が稲羽(因幡)のヤガミヒメを妻にしようと出掛けたとき、八十神は大穴牟遲神に荷物を全部持たせました。
気多の岬に着くと、裸の菟が伏せっています。
八十神は、「お前は海水を浴び、高い山の上で風に当たって寝ていろ」と指示します。
菟がその通りにすると、海水が乾くにつれて身の皮が風に吹き裂かれてしまいました。

菟が痛みに苦しんで泣き伏せっていると、そこに遅れて大穴牟遲神がやって来ました。
大穴牟遲神が何があったのかと問うと、菟はこう答えた。
「私は淤岐嶋にいて、こちらに渡ろうと思ったが渡る手段がないので、海の和邇(わに)に「お前と私とでどちらが仲間が多いか競争しよう。できるだけ仲間を集めて気多の岬まで一列に並びなさい。私がその上を走りながら数えて渡るから」と言いました。和邇は言われた通りに一列に並び、私はその上を跳んで行って、地面に下りようとする時に「お前たちは騙されたんだよ」と言うと、和邇は私を捕えて着物を剥いでしまいました。先程通りかかった八十神に言われた通りにしたら、すっかり傷だらけになってしまったのです」。

大穴牟遲神は菟に、河口へ行って真水で体を洗い、そこに生えている蒲の花粉(蒲黄)を取ってその上で寝ると良いと教えてあげました。
菟が教えられた通りにすると、体は元通りに直りました。
この菟は、後に菟神と呼ばれるようになりました。

兎は大穴牟遲神に、「ヤガミヒメは八十神ではなくあなたを選ぶでしょう」とつげました。
なお、この神話から、白兎を祭る白兎神社は、一般的な縁結びではなく、特定の人との縁結びの神様とされ、意中の人との結縁にご利益があるとされています。
Wikipediaより

白兎海岸と白兎神社の間の、道の駅にこの像がありました。
2回にわけて、白兎海岸と白兎神社を紹介したいと思います。

兎さんかわいいですね。



おとぎ話に隠された古代史の謎




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Comment
No title
こんばんは。ご無沙汰していました。
因幡の白兎は白兎で無かったのですね~。因幡の裸兎が正しい意味だったとは。
それにしても、この話を聞くと小学校時代の学芸会で和邇=その他大勢を演じたのを思い出してしまいます(笑)。

ところで大国主と言うと温泉の神様のイメージもあり、現在なら温泉治療の話の方が説得力がありそうな気がしますが(でも海水浴の後の風呂はは沁みるから駄目かな)。
自分の所が温泉地なので(湯本町は鶴の伝説ですが)、そんな事を考えてしまいました。
スポッツ
Re: No title
返事が遅くなり、申し訳ありません。
私も白兎は“白い兎”だと思っていました。
絵本などでも、真っ白な兎が大国主命と描かれていますよね。
ふと思ったのですが、そうすると、カチカチ山のうさぎも白兎ではないのですよね?
実際、ペットショップなどで茶色のうさぎを見ると、白うさぎよりかわいいのですが、お話の世界では白うさぎの方が合うと思いませんか?
No title
 「歴女」から「武士女」へ

検索“修行”しておりました道中、貴HP(道場)へ立ち寄った者にて候。
突然のお知らせ(書き込み)にて御免!
現代の女性に求められる「女性の品格」の源は武士の妻女の品格、気品です。
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歴女に知って欲しい『武士の女の品格』をお読みいただければ幸いです。

追記:「サムライと日本刀――土方歳三からの言伝て」杉山頴男著

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