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打吹城跡

2009年11月30日
打吹城(鳥取県倉吉市仲ノ町の打吹山)があったそうです。
打吹城跡説明
鳥取県倉吉市仲ノ町の打吹山(標高204m)に存在した城郭。
室町時代の伯耆国守護所とされました。

倉吉市を一望する標高204mの打吹山上に位置する山城。
14世紀中期、伯耆(鳥取県)守護山名時氏の嫡子師義(もろよし)が、打吹山上に築城したのが始まりと伝わります。
戦国時代には、尼子氏と毛利氏による激しい争奪戦が繰り広げられた末、毛利領に組み込まれました。

関ヶ原の戦いののち、中村一忠が米子城主となり、打吹城は支城の一つと、近世城郭として整備されました。
中村氏が無嗣断絶となると、幕府直轄領となります。
その後、鳥取城主の池田氏の所領に加えられましたが、元和元年に一国一城令で廃城(陣屋は残る)。堀は埋め立てられ、石垣は崩されました。
本丸周辺には、破却を免れた石垣が点々と残されています。

寛永9年に池田光仲が鳥取城に入りました。
倉吉は次席家老の荒尾氏による自分手政治の地となり、打吹山麓に陣屋が置かれて
明治維新まで続きました。

白壁土蔵群のある打吹玉川は外堀と伝えられています。
Wikipediaより


白壁土蔵群の一角に上記の説明板がありました。
“この白壁土蔵群が城跡?”
“まさかねぇ~”
“じゃあ、どこが城跡?”
しかしこの説明板には、どこが城跡かすぐにわかる文章がありませんでした。

この地のお城は“打吹城”だったという事だけがわかりました。

どうやらこの説明板を読みながら、右側を向けばよかったようです。
たぶんそこに山が見えていたと思うのです。
説明板があるのですから、簡単な場所の表記でもあればもっとよかったのに…。

尼子氏と毛利氏が争った所ですか?
尼子(緒方拳氏)、毛利(中村橋之助氏)のNHK大河ドラマ“毛利元就”を思い出しました。

梨アイスと同様、二十世紀梨のチューハイもおいしかったです。
(ちゃんと買って帰って飲みました。)



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