妙教寺-淀殿史跡として

2009年08月02日
妙教寺(京都府京都市伏見区納所北城堀)は、幕末の鳥羽・伏見の戦いの史跡として訪れていました。

“戊辰之役東軍戦死者之碑”や本堂内陣に東軍の砲弾が飛び込んだ跡などが残っています。

NHK大河ドラマ「天地人」の最後の“天地人紀行”を見ていたら、急に妙教寺が映るので驚きました。
京都は歴史の舞台なので、平安から幕末までどの時代の紀行を見ていても出てきます。
同じ場所で違う時代の史跡として紹介されることも多いです。

しかし伏見区淀の南端はそれほど歴史の舞台として出てきません。
それに妙教寺って、幕末の史跡巡りをするまで知らなかったお寺です。
そのお寺がなんと、あの“淀殿”の史跡でもあるなんて…。
画面に見入ってしまいました。

妙教寺2
 
妙教寺4
この碑がテレビで映っていました。
確かに右側に“淀古城址”と刻まれています。
(左側は“戊辰役砲弾貫通址”とあります。)

淀殿は、淀古城で鶴松を産んだといわれているそうです。
淀殿と呼ばれたのは、この城にちなんだんだとか。


やはり歴史は奥が深いです。
淀古城が淀殿と関係があったり、淀古城がここにあるのを始めて知ったりと次々と驚かされます。
新選組が戦う前に、淀殿がこの風景を見ていたのです。
新選組の隊士たち、近藤勇や土方歳三もここがそういう場所であると知っていたのでしょうか?
きっと知らなかっただろうな。

※2008年10月22日 妙教寺を参照して下さい。



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