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登呂遺跡

2009年08月20日
登呂遺跡(静岡県静岡市駿河区登呂5丁目)は、弥生時代後期の農業村落址です。
登呂遺跡1  

登呂遺跡3
  竪穴式住居(復元住居)

弥生時代後期に属し、1世紀ごろの集落と推定されます。

復元倉庫、復元水田などもあります。
水田には、赤米などを栽培しています。
水田跡は、住居跡の東南に幅250m長さ約400mの範囲に約8haの水田がつくられていました。
南北にのびる水路の西側に一列、東側に4列の水田が並び、これらの外側は沼地になっていたようです。
田んぼの面に水をたくわえるために、土地の低い側に矢板を打ち並べ、高い側に杭を打ちこんであぜをまもっています。
このように区画された田面の数は約40~50枚あったと考えられています。

昭和18年の第2次世界大戦中、登呂の水田地帯に軍需工場が建設される事になりました。
その工事中、水田の下1mの採土から多くの木製品が出土し、さらに水田跡と考えられる杭列も発見されました。
それらにより、登呂が弥生農耕集落の遺跡であり、奈良県唐古遺跡に匹敵する大発見であることが判りました。
静岡市HP&Wikipediaなどより


JR東海道線静岡駅や静岡鉄道新静岡駅から、南へ(静岡県庁と反対方向)まっすぐ、ひたすら真っ直ぐおよそ3㎞です。

お昼過ぎで夕方に近い時間帯でしたが、人がほとんどいてませんでした。
雨が降りそうだから?
と思いながら、入っていくと博物館はリニューアル工事中でした。

復元住居など外にあるものも、工事で一時撤去されていたりで写真の2棟ほどしかありませんでした。
なんでも復元住居の位置か配置かが、当時と違うので撤去するとかしないとか…。
とっても残念な状態でした。

教科書でも必ず出て来る登呂遺跡なので、急に行くことにしたとはいえ、とっても期待していたのです。
でもこれでは…、残念すぎです。
水田は豊かに実っていました。

きちんと整備された後にもう一度立寄る機会があれば、覗いて見たいです。

しかし弥生時代という遥か昔の遺跡を現代風に整備しても…。
博物館もモダンな建物になるようですが、質素な感じの方が弥生時代風でいいと思うのですが。
いっそのこと、大きな竪穴式住居か高床式倉庫を造って博物館にすればどうでしょう。
その方が建築費が高くなりそうですね。
税金は大切に使わないと。









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登呂遺跡
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