鷲ノ木の砂

2009年07月23日
土方歳三が上陸した、鷲ノ木浜(北海道茅部郡森町鷲ノ木町)の砂です。
鷲ノ木砂3  鷲ノ木砂4

鷲ノ木砂1402  鷲ノ木砂2403
鷲ノ木浜は、明治元年10月12日に折浜を出港した旧幕艦隊は、渡島地方の内浦湾に19日から23日にかけて結集し、鷲ノ木浜より上陸しました。
新選組の乗艦となった大江丸が鷲ノ木沖に到着したのは21日早朝で、上陸は翌日でした。

先着した回天から30名ほどが下船し、村会所で箱館府の荒井信五郎に面会し、宿と湯と500束の薪の用意を依頼しています。
上陸した新選組も、50~60軒ある村の家々に分宿したものと思われます。

21日には遊撃隊隊長の人見勝太郎と本多幸七郎が護衛の遊撃隊30余名とともに、箱館府知事の清水谷公考への嘆願書を携えて、内陸部の本道を出発しました。

新選組隊士65名は翌23日、安富才助を隊長役として、伝習士官隊・伝習歩兵隊・遊撃隊・砲兵隊とともに、総督大鳥圭介のもと、人見たちを追うように鷲ノ木村を出立し、その日は森村に宿泊しています。
安富が隊士達を率いたのは、隊長の土方歳三が新選組の指揮官から旧幕軍の幹部として遇され、別行動をとることになっていたためです。

その土方も22日、総督として額兵隊と陸軍隊を率いて出立し、森村を経て海岸線沿いに亀田半島を進んでいます。
島田魁を隊長とする数名構成の「守衛新選組」も随行、その日は砂原に宿泊しました。

海に面した道だけに強風が吹き、23日には雨まじりの雪も降りだしたといいます。
防寒装備はなく、一重の外套だけをまとっていました。

国道5号線(大沼国道)と函館本線の線路に挟まれた鷲ノ木史跡公園内には、「箱館戦争榎本軍鷲ノ木上陸地跡」の石碑と、「箱館戦争鷲ノ木戦没之碑」と伝習士官隊の山本泰次郎の墓碑があります。
また、海岸の道路沿いには上陸地を記念した木柱も立てられています。
新選組史跡事典より


JR函館本線桂川駅から、海岸に降りたあたりが鷲ノ木浜です。

この砂は、随分前に歳三忌か総司忌に参加した時に、「鷲ノ木の砂です。」と参加者全員が頂いたものです。
本当なら、紙の上にでも広げて写真を撮ればいいのですが、もし万が一こぼしてしまったら大変なので、頂いたまま、蓋だけを取って移しました。

私もまだ行った事がないのです。
函館までは行きましたが、そこから次に移動する日程もなく、森町はまだ未知の世界です。

土方たちが上陸した当時の砂は、波にさらわれ、風に飛ばされ、雪と共に溶け出しもうそこにはないでしょう。
おそらく一粒も残っていないでしょうね。
でも、その場所にある砂ですから、その空気と水を感じていた砂です。
一度は鷲ノ木の地に立ってみたいです。

できれば函館と森町を結ぶ国道5号線より東側、亀田半島あたりもウロウロとしてみたいです。



Japan beer日本 ビール土方歳三 330ml/24


【激安コスプレ衣装】今大変人気な薄桜鬼 *土方歳三新撰組隊服(和装)(6点セット)の衣装!!...

旅に出たくなったら今すぐチェック!今週末の空室情報を簡単検索!!

【じゃらん】国内15,000軒の宿をネットで予約OK!5%ポイント還元!

≪国内格安航空券≫ネット予約はこちら!

関連記事
Comment

管理者のみに表示