誉田林古戦場跡

2009年07月22日
誉田林古戦場跡(大阪府羽曳野市誉田3-2-8)が誉田八幡宮境内にあります。
誉田林古戦場1  誉田林古戦場2
道明寺の戦いは、豊臣家の江戸幕府に対する最後の抵抗を鎮圧するために起こった、大坂の役のうち、慶長20年に発生した大坂夏の陣における戦いの一つです。

豊臣方は、大坂城が大坂冬の陣のあと、堀をすべて埋められてしまったため、夏の陣では城を出て戦わざるをえない状況になっていました。
幕府軍は河内方面、大和方面および紀伊方面より大坂城に迫りました。
大和方面軍は水野勝成を先鋒大将とし、総大将松平忠輝、後見役伊達政宗など総勢34,300の兵で構成されていました。

4月30日、大坂城内では、大和口から来る幕府軍に対し、河内平野に侵入してくるところを隘路で待ち受け、先頭部隊を叩くことに決定。
5月1日、豊臣軍では、後藤基次らの前隊6,400人が、その後毛利勝永、真田信繁ら後隊12,000人が大坂城を出発。
5月5日、河内国平野で宿営した後藤、毛利、真田らは、同日夜半に出発し、翌払暁に道明寺村付近に集結、国分村の狭隘な地で幕府軍を迎え撃つことを取り決めました。


【午前】
5月6日午前0時、後藤基次指揮の兵2,800は平野を出発し、藤井寺を経て夜明け前に道明寺に到着しました。
しかし、他に誰もまだ到着しておらず、さらに後藤は幕府軍が既に国分村に展開していることを知りました。

作戦が既に破綻してしまっていること認めた後藤は、石川を渡り小松山に登り陣を構えました。
幕府軍は小松山に敵が布陣していることを知り、それを包囲することに決めました。

午前4時、後藤は松倉重政、奥田忠次勢に対し攻撃を仕掛けます。
奥田は戦死、松倉勢も崩れかかったが、水野勝成、堀直寄が来援し、かろうじて助かりました。

小松山を包囲した幕府軍は、伊達政宗、松平忠明らが激しい銃撃を加え、小松山にとりつこうとしました。
後藤勢は、次々に新手を繰り出す幕府軍を数度にわたり撃退しましたが、それにも限界がありました。
後藤は負傷者らを後方に下げ、小松山を下り、幕府軍に最後の突撃を敢行し、敵数隊を撃退しましたが、丹羽氏信勢に側面を衝かれ立ち往生しました。
伊達勢の銃撃により後藤が被弾した。

正午頃、約8時間の激闘の末、後藤基次は戦死、彼の部隊は壊滅してしまいました。


【午後(誉田の戦い)】
この頃になり前隊の残り、薄田兼相、明石全登、山川賢信らが道明寺に到着し、幕府軍を迎え撃ちました。
薄田は奮戦したが戦死、残余の部隊は誉田村方面に後退しました。

そこへ後隊の毛利勝永が道明寺に到着、真田信繁らは後退してきた兵を収容し誉田村付近に着陣。伊達勢の片倉重長は、真田勢を見るとこれに攻め寄せます。

片倉は部隊を前後2隊に分け、左右に鉄砲隊を展開させて攻撃。
これに対し真田勢も鉄砲で応戦しつつ、兵を伏せ片倉勢の接近を待って迎え撃ちました。
片倉自身が馬上4騎を切り伏せたり、渡辺糺は負傷するなど激戦が展開されましたが、真田勢が伊達勢を道明寺辺りまで押し込んだ後、自身は藤井寺まで後退し、毛利勢と合流します。
幕府軍は道明寺から誉田の辺りで陣を建て直し、豊臣軍は藤井寺から誉田の西にかけて布陣、両軍が対峙し、にらみ合いの状態になりました。

午後2時半頃、大坂城から若江・八尾の敗報と退却の命令が豊臣軍に伝えられます。
豊臣軍は真田を殿軍とし、午後4時過ぎから順次天王寺方面へ撤退を開始。
水野勝成は追撃を主張したが、諸将は兵の疲労を理由に応じませんでした。

道明寺の戦いで、真田幸村がこの付近に陣を構えています。
Wikipediaより


誉田八幡宮の境内に誉田林古戦場址の碑がありました。
戦国時代に疎い私は、誉田林古戦場といわれてもわかりません。
ただ、碑があれば、取り合えず写真に収めておきました。
後で調べたら、幕末と関わりがあったら大変ですからね。
今回は戦国時代と関係がありました。

室町時代からの戦場のようですから、室町、南北朝などのファンの方にも重要な場所ですね。
私は大坂夏の陣という言葉に捕まりました。
大坂夏の陣といえば、歴史で習った戦いですよ。
その舞台の一つがここだったとは…。
大坂と聞けば、秀吉の造った大坂城のある辺りを想像します。
それが大坂城から直線でも16㎞近く離れた場所でも、その戦いがあったのは想像もしていませんでした。
真田幸村もこの付近で戦ったのですねぇ~。
戦国時代は本当に未知な世界です。

戦国時代の武将の本当の姿を知りたい!
戦国時代の一番の興味はそこですね。
今、戦国武将ブームだそうですが、この容姿がわからない所がまたいいのでしょうね。
どれだけ研究しても写真のように、容姿がはっきりとわかる事はないのでしょう。
肖像画も実は違う人でした、など説が出てきたりします。
なのでますます謎めいていて、謎好きの私はワクワクしてしまいます。

どんな人だったのか…、私があの世に行った時にお会いできる事を期待しておきましょう(笑)
新選組隊士や敵方の志士の人にも会えるかも!
楽しみ?!



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