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誉田御廟山(応神陵)

2009年07月19日
大仙古墳(仁徳天皇陵)につぐ前方後円墳の誉田御廟山・応神陵古墳(大阪府羽曳野市誉田6丁目)です。
天皇陵
誉田御廟山古墳(応神陵)は墳丘長425mで、堺市の大仙古墳(仁徳天皇陵)に次ぐ全国第2位の墳丘長があります。
また、古墳の表面積や体積では大仙古墳を上回り全国一です。
 
前方部は北北西に向いています。
墳丘は三段築成。
濠と堤を二重にめぐらせています。
墳丘や内・外堤の斜面には葺石が施され、円筒埴輪が確認されています。
 
埴輪はすべて窖窯で焼成された製品です。
形象埴輪には家・蓋・靱・水鳥・馬形等があり、蓋形木製品や各種魚形土製品も出土しています。
 
築造年代は、5世紀前半代に比定。
後円部南側に現存する誉田八幡宮の境内には長持形石棺や石槨の一部と推測される石材が残されており、本墳から出土したものと考えらています。
藤井寺市HPより


葛井寺の南大門から、まっすぐ南へ約500m行き、東へ曲がります。
藤井寺市立藤井寺南小学校の南側の道を東へ約400mで、県道186号に出ます。
道を渡り、斜めに延びる道に入り北東方面へ道なりに行くと、国道170号の西古室交差点へ着きます。ここまで約500m。
信号を渡り、東へ250m行くと、応神天皇陵の拝所に辿り着きます。

応神陵自体が大きいので、遠くからでも山のように見えています。

大きさは日本で2番目。
表面積や体積は日本一の陵ですので、空撮でない限り陵墓全体は写真に撮れません。
前方後円墳といわれても、地上からだと確かめられませんね。

しかしどうやて造ったのでしょう。
前方後円墳を造るといっても、空から確認するすべもないはずです。
図面をひいたとしても、それを正確に造るのは至難の業だと思うのです。
ピラミッドは石の重さと高さ等、目で見てすぐに大変そうだとわかりますが、よく考えると古墳も、綺麗な前方後円墳だったり、円形だったりと、いろいろな形が作られています。
それも並大抵の大きさではありません。
ピラミッドの謎はよく取り上げられますが、古墳も謎が多いのではないでしょうか?

こんなに大きな古墳(お墓ですよね)に、一人で埋葬されて淋しくないのでしょうか?
周りに濠をめぐらせていたら、侵入者もゼロで、本当に一人っきりです。
埴輪を相手に、寂しさを紛らわせるの?
権力の象徴として大きなものを造ったのかもしれませんが、ここに入ってから後悔していたかもしれませんね。
もっとこじんまりとした物で、人が頻繁に訪れてくれたりする方が良かったと…。

宮内庁の管轄だと、調査・研究も出来ないのですよね。
1500年以上前とか、今の天皇家の人がお生まれになる100年以上前とか、何か基準を決めて、大学等研究機関限定でもいいので、調査・研究が出来るようになればいいのに…。
そうすれば歴史の認識がガラッと変わる発見があるかもしれません。
せめて神話の世界や奈良時代の陵墓は調査・研究できるようにして欲しいです。
私はその結果がすごく興味があります。


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