花岳寺-義士墓所

2009年07月05日
花岳寺にある義士の墓所(兵庫県赤穂市加里屋1992) です。
義士墓所1  義士墓所2
初代藩主・浅野長直が浅野家の菩提寺として建てた寺で、長直の両親の法名をとって名づけられました。浅野家、永井家、浅野家断絶後の藩主森家の菩提寺としても知られています。
大石家先祖の墓もあります。

入り口の門は旧赤穂城の西惣門で、明治6年に花岳寺に移されました。
境内には、大石内蔵助が母の冥福を祈って植えた美しい松もあります。

本堂横には浅野内匠頭を中心に義士たちの墓が並ぶ墓所があり、ここには遺髪が納められていると伝えられています。
墓所の入り口には大石内蔵助の屋敷から移し植えた“忠義桜”が、毎年花を咲かせています。
また境内には、赤穂を去る内蔵助がその樹の下で「名残りの松」(二代目)も残っています

赤穂藩と義士ゆかりの品々が保存されている『宝物館』や『義士木像堂』など見所も数多くあります。
赤穂市HPより


お城通り交差点を西へ曲がり100m行き、ジュエリー店角を南へ進むと花岳寺です。

赤穂浪士の墓として有名なのは、東京の泉岳寺です。

また京都市山科の瑞光院にも、浅野内匠頭の墓と四十六士の遺髪塔、大石内蔵助の墓碑、それを囲むように四十五士(討ち入り後に姿を消し余命を全うした、寺坂吉右衛門が含まれていません。)の墓碑があります。
瑞光院の内匠頭の墓は内蔵助が短刀と衣冠を埋めて建立し、墓参のたびに同志との密談の場となったといいます。

日本人の心を掴んだ赤穂浪士・忠臣蔵の義士のお墓は、少なくとも3箇所あるのです。
泉岳寺に葬られたのでしょうかね。
山科の瑞光院、赤穂の花岳寺は遺髪が納められているようなので、彼らが埋葬されたのはやはり泉岳寺?
故郷が一番落ち着いているかな?

江戸・元禄時代の武士の考え方は想像も出来ないのですが、主君の為にここまで出来るものなのでしょうか?
新選組なども、自分とは遠い人の為に戦ったのですが、お目通りさえできないような人の為に命を掛けられるものなのか…。
過去の歴史、物語としてではなく、実際にそんなことが起こったら、私はきっと逃げ出すでしょう。
今でも世界のあちらこちらで戦争が起こっていますが、一度世界中から戦争がなくなる、本当に平和な世界を体験してみたいです。


泉岳寺

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