桜島

2009年07月02日
薩摩藩のシンボル桜島(鹿児島県鹿児島市など)です。
桜島
鹿児島県の錦江湾(正式名、鹿児島湾)にある東西約12㎞、南北約10㎞、周囲約55㎞、面積約77k㎡の半島であり、大隅半島と接続しています。
御岳と呼ばれる活火山によって形成され、頻繁に噴火を繰り返し、現在も小規模な噴火をすることがあります。


幕末には瀬戸に造船所が設置され、日本で最初の蒸気船「雲行丸」が建造されました。
文久3年の薩英戦争では、袴腰(横山)と燃崎に砲台が築かれました。

桜島は、1334年頃の記録では“向嶋”と呼ばれていて、“桜島”の名称が記録に現れるのは1476年以降です。
その後しばらくの間、“向嶋”と“桜島”の名称が併存していました。
元禄11年、薩摩藩の通達によって桜島の名称に統一されました。
“向嶋”の名称は、東西南北どの方向から眺めてもこちらを向いているように見えることに由来するそうです。
御岳は“筑紫富士”とも呼ばれています。

“桜島”の名称の由来については、
1.島内に木花咲耶姫命を祭る神社が在ったので島を咲耶島と呼んでいたが、いつしか転訛して桜島となった。
2.10世紀中頃に大隅守を勤めた桜島忠信の名に由来する。
3.海面に一葉の桜の花が浮かんで桜島ができたという伝説に由来する。
などの3説があります。
Wikipediaより


桜島と鹿児島市街地との間は24時間運航の鹿児島市営桜島フェリーによって結ばれているそうです。
大隅半島側の垂水市や霧島市との間には路線バスが運行されています。
鹿児島市でありながら鹿児島市中心部とは海で隔てられています。

私は桜島に行ったわけではないのです(涙)
ここから“トッピー”(鹿児島商船 ジェットフォイル)に乗って屋久島に行きました。
鹿児島空港から鹿児島港への移動の間に、遠くから桜島を眺めただけなのです。
とっても残念です。
途中、西郷隆盛関係の史跡の矢印も見かけました。
私だけ途中下車しようかと一瞬思いました。

桜島も頂上付近は雲がかかっていて、全体をじっくりとみる時間はありませんでした。
この桜島は、西郷隆盛、大久保利通、桐野利秋(中村半次郎)、五代友厚(大阪の証券取引所前に銅像があります。写真を撮りに行かないと。)、小松帯刀、そして篤姫達が見ていたのです。
桜島の形は、幕末とあまり変わっていないのではないでしょうか。
今でも噴火する活火山ですから、多少の変化はあっても、大きく形を変えることはないと思います。

やはり鹿児島県民、薩摩人にとっては、心の故郷、シンボルなのでしょうね。
関西から数年間ですが、仕事の都合で鹿児島に住んだ人が、「火山灰が降ると、洗濯物が干せなくて…。」と嘆いていました。
生まれた時から桜島とともに生活していたら、そんな事も当たり前で、特に不便とは思わないものなのでしょうか?
西郷隆盛や大久保利通たちも、火山灰を避けながら洗濯したのかな?
洗濯は女の仕事!と、洗濯する事はなさそうですが、火山灰と悪戦苦闘なんてことを想像すると、笑いがこみ上げてきます。

新選組が浪士隊として上洛中は、自分で洗濯したのかも…。
今、フッと思いました。
土方歳三が褌を…。ウフwww








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