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一の谷 敦盛塚

2009年06月17日
敦盛の胴が埋められているという盛塚(兵庫県神戸市須磨区西須磨)です。
一の谷敦盛塚114
須磨浦公園の三の谷の西、国道2号線沿いにある大きな五輪塔の石塔で、地上部の高さが約3.5mです。

一の谷の戦いで、16歳の若さで熊谷次郎直実に討ち取られた、平敦盛の供養塔だといわれてきましたが、北条貞時が平家一門を供養するために、1286年に建立し、「あつめ塚」といわれていたのが「あつもり塚」と呼ばれるようになったという説もあります。

この石塔の前が古来の山陽道、近世の西国街道です。
大正時代には、敦盛さんは子供の病気の神様で、お礼参りには青葉の笛になぞらえて、穴をあけた竹に白紙を巻き、水引きをかけたものを奉納したと伝わっています。
須磨区HPなどより


山陽電鉄須磨浦公園駅で降り、国道2号線を西へ200m行きます。
須磨浦公園立体駐車場と敦盛そばのお店の間を、山陽電鉄の線路方向(山の方)へ入ると、敦盛塚があります。

敦盛塚の後ろには山陽電鉄が、前にはJRが走り、その向こうには海が見えます。
電車はうるさい(塚が造られた当時は電車などなかったので、こんな状況は想像もできませんでした)ですが、目の前が海という点は、すごく景色的には綺麗です。
塚はひっそりと建っていました。

この胴を埋めたという塚と、須磨寺の首塚とは、直線でも約1.8㎞もあります。
やはり首と胴が離れすぎてます…。

神戸市北区に鵯越があり、須磨区の敦盛塚後方には一の谷があります。
合戦があったり、歴史の舞台となった詳しい場所はわかりませんが、まわってみても雰囲気を楽しむことができるのではないでしょうか?


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