平野神社

2009年05月31日
桜の名所、平野神社(京都府京都市北区平野宮本町1)です。
平野大社205
太秦・広隆寺は創建当時平野神社近くにあったとされます。

祭神は、
今木神(第一殿) -- 源気新生、活力生成の神  (染織・手芸・衣の神)
久度神(第二殿) -- 竈の神、衣食住の生活安泰の神  (竈・台所・食事の神)
古開神(第三殿) -- 邪気を振り開(晴)く平安の神  (斉火の神)
比売神(第四殿) -- 生産力の神。光仁天皇の妃高野新笠とする説もありました。
今木神の今木は今来のことで、渡来人を意味します。

794年、桓武天皇による平安京遷都にともない、平城京で祀られていた今木神・久度神・古開神を遷座・勧請したのに始まります。
元々今木神は平城京の田村後宮に、久度神・古開神は大和国平群郡の式内・久度神社に祀られていました。
比売神は承和年間より祀られるようになったものです。

応仁の乱をはじめ、たびたび社殿が焼失し、そのたびに再建を繰り返し、天文法華の乱によって、社殿および社領は完全に荒廃したといわれます。

2005年まで鳥居の扁額には「平野大社」と銘記されていました。
Wikipedia&平野神社HPより


京福電鉄北野線北野白梅町駅から、西大路通を北へ500mです。

ここが直接、聖徳太子とゆかりがあるのではなく、太秦にある広隆寺が創建された当時はこの神社の近くにあったとされているという、目印のような意味で訪れてみました。
太秦の広隆寺からおよそ5.5㎞離れています。
5.5㎞が近いのか遠いのかは微妙な距離ですね。
移転とするれば、近くでより良い地に移転したということなのでしょう。

この付近に広隆寺があったのですが、今はそれを示すものは何もありません。
このまま南へ行くと、壬生寺の辺りに出ます。
聖徳太子よりも新選組が歩いたかもしれないという思いの方がします。
もしかしたら歩いているかもしれませんよね。
桜の名所ですから、市中見回りや仕事で近くを通ったときは、桜の花を横目にみて歩いたかもしれません。


徹底 京都桜めぐり徹底 京都桜めぐり
(2009/02/14)
水野 丹石

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