太子道と業平道

2009年05月29日
太子道と業平道(奈良県生駒郡斑鳩町)についての説明板です。
案内太子道174

コピー ~ 太子道384
こんな感じで道があったようです。(太子道一部)

この道は推古天皇の頃、聖徳太子が斑鳩宮から飛鳥京へと通われたという道です。
奈良盆地の中央部を通り、ほぼ直線の斜行道路で道が斜めになっているところから、「筋違道」と呼ばれてきました。

太子は片道約20㎞の道のりを調子丸という舎人(従者)を従え、愛馬黒駒に乗り通ったといいます。
今もこの道筋には多くの太子伝説を残し、「太子道」として親しまれています。

また、この付近には「業平道」と呼ばれている道があります。
この道は平安時代の歌人で、「伊勢物語」の主人公で百人一首などで知られる在原業平が、河内の高安の恋人である河内姫のもとへ通ったとされている道です。
この道のりは、天理市(櫟本)-大和郡山市-安堵町-斑鳩町-平群町を通り河内の高安(大阪市八尾市)までとされています。
この付近にかかる橋も「業平橋」呼ばれています。
斑鳩町教育委員会説明板より


さすがに空撮や地図で見ないとよくわかりませんね。
文章で説明するだけの、文章力もありません。

今も道はあるようです。
春や秋なら、歩いてみるのもいいかもしれませんね。
但し、片道20㎞です。
体調を整えて歩かないと、踏破できても翌日が辛いかもしれません。

しかし聖徳太子はこの道を往復して、通ったのですか?!
現在のサラリーマン並みです。
冬は日が暮れるのも早いですが、電気なんてないので、真っ暗な中を帰ったのでしょうか?
それともそうなったら泊まって、翌朝帰ったりしたのでしょうか?
太子も大変ですが、供をした調子丸も大変だったでしょう。
黒駒も往復40㎞を、聖徳太子を乗せて歩いた?走った?のでしょうか。


太子道―聖徳太子の道を往く太子道―聖徳太子の道を往く
(2002/06)
上方史蹟散策の会

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在原業平
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