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会津若松城-鶴ヶ城

2008年04月21日
十六橋から会津若松市内に入りました。
市内は公共交通機関を使った方が便利ですから、バスを使って回ります。
最初に訪れたのはやはり、会津若松城・鶴ヶ城(福島県会津若松市追手町1-1 )です。
会津若松城

会津戦争の象徴的な物です。
飯盛山の白虎隊の「お城が燃えている」はあまりに有名です。

江戸から甲州に向かった斉藤一(山口次郎)や、流山、下館、宇都宮と転戦してきた土方歳三や新選組は、会津支援のために若松城に入城し、松平容保と面会しています。
母成峠から猪苗代、戸の原口と敗走した東軍(幕軍)は、若松城へ籠城しました。約1ヶ月籠城しましたが、城を明け渡しました。
国指定重要史跡となっています。           新選組大事典より

現・天守閣は昭和40年に再建されたもので南に向かって走り長屋があります。
平成13年に干飯櫓と南走り長屋が復元されました。二つの走り長屋を東西に繋ぐかたちで、本丸への表門の鉄門があります。
滝沢本陣から蚕養口を経て城内に戻った容保は、鉄門を入ったところを御座所とし、ここが作戦を指揮する本陣になりました。天守閣の陰であり、両走り長屋の石垣を防壁として利用しました。容保と喜徳(一橋家からの養子)は高台に並び椅子に腰掛けて采配を振るったといわれています。
9月22日巳の刻(午前10時)、この御座所の前に白旗が立ちました。 新選組史跡事典より


会津若松市内に入ったころから、天気も回復してきました。
天気が回復する事は、とっても嬉しいですが、どうして母成峠で晴れてくれなかったのでしょう。

再建天守閣ですが、それでもこういうふうに土方歳三や、斉藤一は若松城を見上げてたのかと思いました。土方歳三や斉藤一と同じ場所に立ちました!
ファン冥利に尽きます。

お城を見ると、会津に来たんだなぁ~と、しみじみと思いました。

若松城から2  若松城から1
お城から飯盛山方向を見ました。
赤白のポールが目印として建てられていました。
意外とハッキリと見えたので、驚きました。
あとで飯盛山に行く予定です。飯盛山からお城はどのように見えるのでしょうか?

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