スポンサーサイト

--年--月--日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

中宮寺

2009年05月20日
中宮寺(奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2)です。
中宮寺1170  中宮寺2171
戦国時代末期まで、東へ500mの地にありました。
また中宮の寺号は厩戸王子の母穴穂部間人皇女の御所を寺とした説などがあります。
太子建立七ヵ寺の一つで、斑鳩尼寺ともいいます。
創立年代は不明ですが、旧寺地の発掘などから、法隆寺若草伽藍とほぼ同時期に、四天王寺式の伽藍が建立されとみられます。

本尊の木造菩薩半跏像は飛鳥後期の寄木造で、如意輪観音と伝えられますが、本来は弥勒菩薩像として作られたものといいます。

天寿国繍帳残闕は、妃の橘大郎女が太子を悼み、太子の浄土に往生するさまを見ることを願って622年に采女に作らせた、刺繍浄土図の断片で、もと法隆寺にあったものを1274年に当寺中興の信如尼が譲り受けたとします。
聖徳太子の本より


法隆寺東院の東隣にあります。
拝観入口は東院の北方向になります。

本堂の形が少し変わっているなと思ったのですが、藤原時代の寝殿伽藍の形式だそうです。
ただこれは昭和43年に、再建されたものなので、火災などを考慮してコンクリート造りだそうです。
コンクリートの外観ですが、中には“如意輪観世音菩薩半跏像”、“天寿国曼茶羅繍帳”の国宝を間近で見ることが出来ました。

現存している天寿国曼茶羅繍帳は、最初のもの(妃橘大郎女が作らせたもの)と、その後鎌倉時代に作られたものが(鎌倉時代に修復した時に、もう一幅作ったそうです)、まざり合って残欠一帳に纒めて修復されたのが現在の曼荼羅だそうです。
天寿国曼茶羅繍帳は思わず見入ってしまいました。
1000数百年近く前のものが、建築物ではなく、布という状態で残っているのです。
それも色彩があるのですから、奇跡に近いのではと思いました。
聖徳太子の力でしょうか?


大和の古寺〈1〉中宮寺・法輪寺・法起寺大和の古寺〈1〉中宮寺・法輪寺・法起寺
(2009/02)
入江 泰吉毛利 久

商品詳細を見る


サラヤ ハンドラボ 消毒用ハンドアルコール 300mlサラヤ ハンドラボ 消毒用ハンドアルコール 300ml
(2007/09/03)
不明

商品詳細を見る


斑鳩
関連記事
Comment

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。