彦根城-槻御殿

2009年04月08日
彦根城(滋賀県彦根市金亀町1-1)の槻御殿井伊直弼誕生の地です。
井伊直弼生誕地

槻御殿1  槻御殿2
彦根城の北に位置する玄宮園は、隣接する楽々園とともに、江戸時代には“槻御殿”と呼ばれた彦根藩の下屋敷です。
槻御殿は、延宝5年に4代藩主井伊直興により造営が始まり、同7年に完成したと伝えられています。
現在は、槻御殿の庭園部分を玄宮園、建物部分を楽々園と称しています。


井伊直弼は、文化11年10月29日、槻御殿で生まれました。
父は11代藩主井伊直中、母は直中の側室富の方。
直中の第14男にあたります。
直弼が生まれたときは、すでに2男直亮が12代藩主につき、直中は槻御殿で隠居生活を送っていました。
直弼は直中が高齢になってからの子であるため、広々とした槻御殿で両親の愛をあつめて育ちました。

直弼が17歳になったとき、父直中が没したため、槻御殿をでて、部屋住の身とならねばなりませんでした。
当時、彦根城下にはいくつかの庶子の部屋住屋敷があり、直弼は弟直恭とともに“北の御屋敷”とも呼ばれた尾末屋敷に入ることになりました。
“埋木舎”はこの屋敷を、直弼みずから名付けたものです。
彦根市教育委員会HP&彦根城博物館HPより


井伊直弼誕生の地です。
ここで生まれ、育ったのですね。
藩主になれなくても、ここで暮らしている方が幸せだったのでしょうか?
それとも、暗殺されても政治の中心で活躍して満足だったのでしょうか?
今と、考え方も違っていると思うので、私にはわかりませんが、途中で暗殺された事は口惜しくても、後悔はしていないのかもしれませんね。

でも14男で藩主になるめぐり合わせも、強運というのか悪運というのか…。
紀州藩主だった徳川吉宗でも4男です。

槻御殿は遠くからしか見ることが出来ませんでした。
天守閣からすると質素(?)なのですが、落ち着いた雰囲気の建物でした。
この黒茶色-渋い茶色の方があってるのかな-がいいですね。
11代藩主が隠居生活していただけあります。
住み心地は良さそうです。

埋木舎は時間の都合で行く事はできませんでした。
天守閣から眺めるだけはできました。


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野口 武彦

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