彦根城-天秤櫓

2009年04月07日
彦根城(滋賀県彦根市金亀町1-1)の天秤櫓です。
天秤櫓1  天秤櫓2
石垣は右側が築城当時の“牛蒡積”、左側が改修による整った“切石積”となっています。
鐘の丸から空壕の天秤櫓の門へかかっている幅2間、長さ8間の橋で、以前はこの橋の上に屋根がついていたので廊下橋と呼ばれていました。
今はその屋根はありません。
この屋根も防備の点から考えられたものと思われる。

牛蒡積
粗雑に見えますが、実は強固な石垣。
天守閣のほか、天秤櫓の石垣も東半分がこの積み方となっています。

切石積
規則正しく切った石を、一定の規則に従って積み上げた石垣。

鐘の丸と本丸の間の小郭にあり、天秤櫓は空濠に面して建てられ、鐘の丸とは廊下橋で結ばれています。
この空濠は表の備えで大手門や表門から鐘の丸に至る道になっており、橋と櫓門によって本丸が独立して防御できるようになっています。
この建物は、井伊年譜によれば慶長8年から11年にかけて営まれたものと考えられます。

天秤櫓は、空濠の底から高い石垣を積んで櫓土台として、この石垣の中央部よりやや東側を一段低くして門を構えています。
櫓の両側にはその名前が示す様に二重の隅櫓を設け、正面から見ればあたかも天秤を模している様に見えます。
二重の隅櫓の背面にはそれぞれに続櫓が作られており、全体を上から見れば「コ」の字型の建物です。
この様に全体は左右対称の構成になりますが、隅櫓の屋根は対称を破る造形になっています。
井伊年譜には、長浜城の大手門を移したことを伝えています。
昭和35年に完成した解体修理の際の調査で、瓦に長浜城主であった内藤家の定紋である上り藤の紋瓦が発見されたため、長浜城大手門を移築したものと見て間違いないでしょう。
彦根市教育委員会HPより


屋根付きの橋というのはあまり聞きませんね。
石垣の積み方にも色々とあるのだと、このころに知りました。
そして牛蒡積の方が強いとも。
適当に積んだようにみえるのに。

ここを通るといよいよ本丸に近づきます。
ワクワクしながら渡りました。
当時の人は、藩主にお目通りや上位層の人達に近くなり、緊張の度合いも高くなったのでしょうね。
そうそう渡れないものなのでしょね。

天秤櫓はとても綺麗でした。。
日本人だからでしょうか、シンメトリーは落ち着きます。
井伊直弼もこの橋を渡ったのかもしれません。
埋木舎の頃は、多少の自由もあったでしょうから、城内を歩く事はあったのかもしれません。
私達が知る頃の井伊直弼ならば歩いて? 駕籠で?
お殿様の生活がよく判らないのですが、外を歩く事は滅多にないのでしょうか?
藩主になってからは、ほぼ江戸暮らしだったでしょうしね。


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