彦根城-鐘の丸跡

2009年04月06日
彦根城内(滋賀県彦根市金亀町1-1)にある、鐘の丸跡です。
鐘の丸1  鐘の丸説明文
築城当初、城下町に時間を知らせる時報鐘をここに置いていたため、このような名称となっています。
しかし鐘の音が城下北隅に達しないので鐘を現存地の牙城楼門外に移しました。

鐘郭(木原槲)に御守殿と呼ぶ葵章の建築物がありました。
(陸軍省所轄中、明治の初めに大津の営所に移築されました。)
これは元和6年東福門院后西上の時、初め東山道を順路とされるとのことで御泊城の為に新築したものですが、東海道に変更になったために御泊城はなく、以後そのまま保存し平常は封閉していたものです。
毎年夏の土用18カ月間は此処に直孝が使用された大阪陣の際の武器一式(血痕のある蚊帳もある)、及びその他の宝器の虫干はここで行われていました。
井伊氏代々の甲冑の虫干は天守楼で行われていました。
御守殿虫干の守衛は藩士8人に命じて昼夜2人ずつ詰切りでした。
(天守閣には平常藩士がいて虫干の守衛は別に要しなかった。)

御守殿前に井水があり、これは築城の時掘ったもので最も深い平常は封閉して使用を許可しませんでした。
虫干の時に限りこれを使用して飲料としました。
清浄にしてはなはだ良い水であったと伝えられている。
彦根市教育委員会HPより


鐘の丸跡といっても今は“広場”です。
木が多いので、夏は木陰ができて涼しそうです。
人も多くなかったので、ちょっと休憩という時などにいいのではないでしょうか。

それにしても、鐘を置いていたにもかかわらず音が城下に届かないとは…。
設計した人も焦ったでしょうね。
切腹もの?
関係者が無事だといいのですが。
造ってみないと判らないことも多いですよね。


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(2004/10/27)
不明

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