会津藩本陣・金戒光明寺 清和殿

2008年04月17日
黒谷浄土宗の本山、金戒光明寺(京都市左京区黒谷町)は会津藩本陣になった場所です。
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文久2年12月24日、会津藩主松平容保は、入洛し金戒光明寺の庫裡を宿陣にしました。
以後5年間、京都守護職として務めましたが、終始ここが会津藩の本陣でした。

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庫裡は昭和4年に内部が改造され、清和殿として、信徒の集会や宿泊に利用されています。
写真でみる維新の京都より


金戒光明寺の山内は広いです。
JR京都駅や私鉄の駅から少し離れた場所で、いわゆるメインの観光スポットでもないので、人で溢れかえる光景は見られません。
その分、ゆっくりとした時間を過ごせる場所です。

幕末期はきっと、こんなに静かではなかったのでしょうね。
近藤勇や土方歳三、沖田総司や新選組隊士が何度となく訪れたであろう場所です。
これだけのお寺ですから、当時のままの物も多く残っていると思います。
松平容保はもちろん、近藤、土方、沖田が触れた物もあるのかも知れません…。
マニア的にいえば、
同じ土を踏みしめているかも…。
この木は当時を知っているのかも…。
なんて想像(妄想?)して、ニンマリかもしれません。
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