神戸海軍操練所跡

2009年04月01日
神戸に設置された神戸海軍操練所跡(兵庫県神戸市中央区新港町)です。
海軍操錬所跡1  海軍操練所跡2
勝海舟の建言により文久2年4月、神戸村に設置されることとなった神戸海軍操練所は、当時の神戸村安永新田(小野浜)に、敷地17,137坪を有していました。
現在の神戸市中央区海岸通一帯がその跡地で、京橋北詰には昭和43年に建てられた錨と書籍を形どった記念碑があります。

海軍操練所建設にともない神戸在勤を命じられ、生田森近くに屋敷を建設しました。
ここで入門してきた書生数十人を寄宿させ、海軍術を教授しました。
「神戸海軍塾」と呼び、坂本龍馬が塾頭をつとめていました。
塾の跡地は現在の、神戸市中央区三宮町1丁目 三宮センター街を東から入った右側、センタービルのあたりです。
三宮神社付近の小亭で会飲しては議論をたたかわせ騒々しかったので、町方から勝のもとに抗議が申し込まれたこともありました。

勝は操練所内に元治元年10月8日、自ら撰文した「海軍営之碑」を建てました。
元治2年3月、勝の失脚により操練所が閉鎖された後は、勝の知遇を受けていた神戸村庄屋生島四郎太夫が引き取り、別荘に保存していました。
さらに大正4年11月、神戸市に寄贈されて現在の神戸市中央区諏訪山町の諏訪山公園(金星台)に移されました。
(別記します)

海軍操練所の建物は解体され、資材となって生田の森に積まれていたといいます。
のち湊山小学校が建設されるさい、その一部が使われました。
(別記します)
徳川の葵紋が入った操練所の瓦が、神戸市立博物館に保存されています。
坂本龍馬大事典より


JR東海道本線三ノ宮駅、阪急電鉄・阪神電鉄、ポートライナー、神戸市営地下鉄各三宮駅から、フラワー通を海の方向(南)に歩いていきます。
神戸市役所も通り過ぎ、税関前交差点まで南へ歩きます。
税関前を西方向(先が細くなって行く、特徴のある神戸関電ビルがある方向)に、曲がります。
京橋交差点まで来ると、海の方に曲がる角にあるドコモ神戸ビルの前にあるようです。

写真でもわかるように、私が訪れた頃は工事中で、碑も一時動かされていました。
どこかに保管しているようで、見ることが出来ませんでした。
せっかく来たのに…と、嘆きました。
それからまだ行く機会が無いのですが、今はちゃんと置かれているようです。

勝海舟と坂本龍馬の史跡が、兵庫県にあるのは龍馬を知るまで知りませんでした。
確かに港町神戸ですが、勝海舟というキーワードからは神戸は思い浮かびません。
勝海舟は江戸のイメージなので、同じ港町でも横浜あたりのイメージですね。

坂本龍馬が神戸に滞在していたという事ですね。
神戸の町を闊歩していたのです。
凄~い! って何が凄いのか(笑)
京都よりも身近な場所に坂本龍馬の足跡があることに感動です。
あっ、でも私は新選組が一番好きです。

神戸からみる海と、故郷土佐でみる海は全然ちがうでしょうね。
神戸からみえるのは大阪湾ですが、土佐の海は太平洋ですから。
目の前に広がる海の大きさが違いますし、波の表情も全然違うものだと思います。
きっと土佐で見る、世界に開けている海の方が魅力的だったのではないでしょうか。


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