スポンサーサイト

--年--月--日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

帝国ホテル中央玄関

2009年03月14日

博物館明治村(愛知県犬山市内山1番地)に移築されている、帝国ホテル中央玄関です。
帝国ホテル玄関298
この建物は、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトによって設計され、大正12年4年間の大工事の後に完成した帝国ホテルの中央玄関部です。

中央玄関は、軒や手摺の白い大谷石の帯が水平線を強調していて、またその帯が奥へ幾段にも重なっています。
大谷石には幾何学模様の彫刻を施し、レンガには櫛目を入れて、柔らかで華麗な外観を出しています。
移築に当たり、風化の著しい大谷石に代えてプレキャストコンクリートなどの新建材も使いました。

メインロビー中央には三階までの吹き抜きがあります。
中央玄関内の全ての空間は、この吹き抜きの廻りに展開しています。
その個々の空間は、床の高さ、天井の高さがそれぞれに異なっていて、大階段、左右の廻り階段を昇る毎に視界が開かれます。
建物内外は、彫刻された大谷石、透しテラコッタによって様々に装飾されています。
左右ラウンジ前の大谷石の壁泉、吹き抜きの「光の籠柱」と大谷石の柱、食堂前の「孔雀の羽」と呼ばれる大谷石の大きなブラケットは圧巻です。
博物館明治村HPより


桂太郎の墓所を紹介した後に、突然この博物館明治村の帝国ホテル中央玄関を紹介したのは、この帝国ホテル中央玄関内部に、ポーツマス条約」に使われた机が展示されているからです。
ポーツマス条約は日本全権小村寿太郎が調印の席についていますが、その時の首相が桂太郎だったのです。

机は特別ガラスケースに入れられているのでもなく、ロープ一本で隔たれているだけでした。
子供でも手を伸ばせば届くほど近くでした。
大人の男性が5人横に並んで座れる程の大きさですから、大変大きなものでした。
卓球をするには相手まで遠すぎ、ビリヤードには幅が足りない。
おもちゃのボーリングをするのにちょうどいい大きさかも…。
歴史的展示物を前に、そんな事を考えました。

今から100年少し前の話です。
100歳をこえる長寿の方は、この机が使われた時にはもう生まれていたってことですね。
そう考えると、つい最近の話のようにも思えてきます。

幕末時には特に名前を聞かなかった桂太郎は、明治になって活躍する人でした。


食のバランス型紙によるしあわせダイエット食のバランス型紙によるしあわせダイエット
(2007/12/25)
小西すず

商品詳細を見る



武庫川女子大学 甲子園会館
博物館明治村
帝国ホテル
ポーツマス条約
関連記事
Comment

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。