井伊直弼墓-豪徳寺

2009年03月13日
招き猫発祥の地とされる豪徳寺(東京都中央区豪徳寺2丁目24-7)に井伊直弼墓があります。
豪徳寺1  豪徳寺2

豪徳寺3井伊直弼墓
井伊直弼は、彦根藩主。幕府大老。
幼名鉄之助、のち鉄三郎。
官称は掃部頭。
彦根藩主井伊直中の十四男に生まれ、他家の養子に貰われるのを待つ身でしたが、良縁に恵まれず、17歳のとき父直中が亡くなったあとも15年間、陋屋埋木舎で部屋住、兄の厄介として辛酸を嘗めました。

その間に国学、和歌、仏教特に禅、茶道等々を学んだことは、後年為政者となった時に影響を受けています。
大老時代の謀臣長野主膳との関係もこの時にはじまっています。
直弼の運は、兄の直亮に嗣子がいなかったことで開けました。

弘化3年、32歳の時、兄の養子として藩世子の地位を確保し、従四位下侍従の官位を得て、玄蕃頭を兼ねました。
次いで嘉永3年兄の死によって彦根藩主に就任、官称を掃部頭と改めました。
江戸城では溜間詰上席としてその存在を注目されるようになりました。

ペリー来航の前年、嘉永5年、相模湾岸の警備を命ぜられて翌年の来航に直面、ペリーがいったん立ち去ったあとの嘉永6年11月には、より内海の羽田、大森警備に配置替えされて、安政元年のペリー再来を迎えました。
ペリーとの和親条約締結、その条約にもとづいて総領事としてのハリス着任、通商条約締結要求という対外情勢の急進展に対応して、直弼が一貫してとった態度は、開鎖論を是非するよりも幕閣の権威確保につとめようというものでした。
もともと彼の本心は鎖国説でしたが、彼我の力関係でやむなく開港するのであれば、国内の他の勢力に口を挟ませず、幕府の専断で開港すべきだというものでした。
ハリスとの条約交渉が進行していた安政4年には、この線で溜間詰譜代大名を統一、影の総理大臣という勢いでした。
その力が、安政5年4月、彼を大老に押し上げました。

大老になって最初の仕事として、将軍家定の後嗣に紀州藩主徳川慶福を内定しました。
将軍継嗣問題は条約勅許問題とならんで安政年間の政争の二大焦点でしたが、慶福内定によって一橋慶喜を推す改革派の制圧を狙ったものでした。
この内定を公表するに先立って、ハリスから、勅許を得るために延期になっていた通商条約をすぐに調印せよとの要求があり、直弼の決断で6月19日、安政の仮条約が締結されました。
この二つが絡んで幕府内に深刻な政争が起こりました。
直弼は、彼の措置を攻撃した水戸の徳川斉昭父子、尾張の徳川慶勝、越前の松平慶永、一橋慶喜らに蟄居、隠居等の処罰を加え、さらに一橋派に加担した改革派の官僚を大量に罷免ないし左遷して、独裁体制をかためました。

さらに直弼は、朝廷が幕府を批判する内勅を水戸藩に下した事件を重視し、大掛かりな反幕府陰謀だとして全国的に関係者の逮捕に乗り出しました。
安政の大獄です。
この判決は翌年に下り、水戸の安島帯刀、越前の橋本左内、長州の吉田松陰らが死刑となり、連座する者は親王公卿から諸藩士、浪人まで大量に出ました。
特に被害が大きかった水戸藩では、激派有志が井伊直弼の暗殺を計画。
万延元年3月3日、登城途中の行列を桜田門外で襲い首をはねました。
享年46歳。

豪徳寺は井伊家の菩提寺で、境内の墓地には井伊家代々の墓所があります。
直弼の墓は東京都史跡に指定されています。
幕末維新人名事典&幕末維新江戸東京史跡事典より


東急世田谷線宮坂駅のすぐ東側に豪徳寺があります。

20年以上前に「Let’s豪徳寺!」という漫画がありました。
私は読んだ事はないのですが、“豪徳寺”という言葉は聞いていました。
“豪徳寺”は人名だと思っていたら、地名だったのです(笑)
よく漫画などで、綾小路とか西園寺とか、お金持ちのお坊ちゃま、お嬢様の苗字に使われるのでその類だと思っていたのです。

招き猫発祥の地とされるだけに、招き猫がたくさん置かれていました。
井伊直弼のイメージが、怖い、強いというものだったので、可愛い招き猫とのギャップが大きかったです。

井伊家の菩提寺というだけあって、豪徳寺は大きなお寺で、静寂に包まれた境内でした。
ここに井伊直弼のお墓があるのです。
井伊直弼といえば、滋賀県彦根市の彦根城を思い出します。
お墓もそちらにあるのかと思っていました。
彦根から遠く離れたここに菩提寺があることに驚きました。

安政の大獄を断行した井伊直弼でも、ピストルには敵わなかったのですね。
それに雪が降っていて、刀の柄に袋をかけていたのも不幸だったとか。
狙われているのを感じていたら、もう少し注意深く警戒していたらよかったのに。
せめて刀はすぐに抜ける程度にはしておかないと…と、思うのは今だからでしょうね。
雪や雨に濡れると刀はどうなってしまうのですか?
錆びて皮の部分は変色する?

桜田門外の変がなければ、あるいは失敗していたら、今の日本はどう変わっていたのでしょう。
幕末維新という言葉も無かったかもしれませんね。
幕末維新のヒーローも、違う顔だったかもしれません。


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