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千葉定吉墓&千葉重太郎墓-谷中霊園Ⅰ

2009年03月09日
雑司が谷霊園(東京都豊島区南池袋4丁目25)にある、千葉定吉と千葉重太郎墓(1種西6号5側)です。
千葉重太郎墓
千葉定吉は、政道。
陸奥国栗原郡荒谷村の出身の剣士。
千葉周作の弟。
文武両道に通じ、北辰一刀流剣術を創始した兄周作を補佐して、神田お玉ヶ池の道場玄武館の隆盛に貢献しました。
みずからも京橋桶町付近に道場を構える一方、嘉永6年4月21日に鳥取藩の江戸屋敷に仕え、剣術師範をつとめました。

土佐から剣術修行のために江戸に出た龍馬が入門したのは、この定吉道場だと伝わっています。
しかし、龍馬の入門とほぼ同時に定吉は、鳥取藩に仕官したため、実際に龍馬に剣を教えたのは息子の重太郎であったと思われます。

維新後の明治4年1月に家督を重太郎に譲って隠居となり、同12年に没しました。
享年未詳。

千葉重太郎は、一胤。
武蔵国江戸杉之森の出身。剣士。
千葉定吉の長男。
父定吉の開いた京橋の道場で剣術を教授し、安政5年1月に定吉が龍馬に授けた「北辰一刀流長刀兵法目録」にも連署しています。
万延元年ごろになると、定吉同様に鳥取藩に仕えるようになり、文久2年12月3日に藩の周旋方に就任しました。
同月9日には大坂への出張が命じられ、29日、当時神戸に滞在していた勝海舟の宿所を坂本龍馬とともに訪れています。

以後、鳥取藩士としての行動が目立ちます。
長州征伐や戊辰戦争にも従軍しました。
明治4年1月、定吉の隠居により家督を相続しました。
その後は鳥取県、開拓史、京都府などに出仕しました。
享年62歳。

【余談】
千葉佐那は、千葉定吉の長女です。
文久3年8月に龍馬が姉乙女に宛てた手紙でに、
“馬に乗り、剣も強く、長刀もできる。さらに力は並みの男よりも強く、十三弦の琴を弾き、絵も描く。
気立てもよく、口数は少なく静かな女性。
そして顔形は平尾加尾よりも少しいい”としています。
この時、佐那は26歳でした。

佐那が龍馬と婚約したということは知られています。
彼女が『女学雑誌』で、
“千葉家より結納として短刀一振を贈り、龍馬からは以前に松平春嶽より拝領して着古びた紋付が贈られた。”
安政5、6年、佐那が21、22歳の時だったといいます。
このころ龍馬は江戸に出ていたので、出会った可能性はありますが、婚約までした佐那を乙女に紹介したのが文久3年であることから、婚約の年次は記憶違いの可能性があります。

翌年5月に、楢崎龍とであった龍馬は、8月に祝言を挙げていることから、佐那との“婚約”がどれほど現実性のあるものだったかは疑問視れさます。
お龍が後年になって、『千里駒後日譚』で“龍馬は「お佐野(ママ)はおれのためには随分骨を折ってくれたが、おれは何だか好かぬから取り合わなかった」”といっていたといいます。

維新後も独身を貫きました。
明治15年9月に学習院女子部の舎監となり、18年9月から東京千住に「千葉灸治院」を開き、家伝の灸治療で生計を立てていましたが病死しました。
享年59歳。
東京都台東区の谷中霊園に埋葬されましたが、小田切謙明の妻豊次によって、
山梨県甲府市朝日5丁目の清運寺に分骨されました。
谷中の墓は無縁仏として八柱霊園に移されたため、現存しません。
坂本龍馬大事典より

営団地下鉄有楽町線東池袋駅から南へ。
都電荒川線雑司が谷駅なら、東側一帯が雑司が谷霊園のようです。
護国寺の隣なので、護国寺から歩いてくるのもいいかもしれないです。

雑司が谷霊園を訪れたのは、まずは千葉父子のお墓にお参りすることでした。
いうまでもなく、例の“竜馬におまかせ”関係で興味をそそられました。
龍馬が千葉門下であるのは、耳にしていました。
玄武館の周作ではなく、桶町の定吉だったのはこのドラマでバッチリ記憶に入りました。
司馬遼太郎氏の“竜馬がゆく”でも佐那が出ていたので、桶町定吉は出て来ているはずですが、すっかり忘れていました。

あのドラマは、コメディータッチで描かれていたので、定吉も伊東四郎氏がやられていて、すっごく変なおじさんでしたし、重太郎も別所哲也氏が天然ボケという設定で演じられていました。
そのイメージの親子ですが、実際は鳥取藩に出仕するほどの人だったようですね。

お墓の位置がどこだったのかはっきりと覚えていないのですが、すぐに見つける事ができました。
周りのお墓と、形が違うのが判っていただけるのではないでしょうか。
上から下まで真っ直ぐな墓石が建っているのが、いかにも剣客らしいです。
本当の定吉と重太郎はどんな容姿で、どんな人間性の、どんな性格の人だったのでしょう。

余談で書いた佐那ですが、婚約というのはどうだったのでしょう。
“婚約”という事が本当にあったのなら、龍馬が悪い!
きちんと婚約解消をするべきです。
佐那の独り相撲だったのなら………女性としてはなんとも言い難いですね。
山梨県甲府市の佐那の墓には、「坂本龍馬室」と刻まれているそうです。

雑司が谷の定吉の横にでも葬られたならば、谷中霊園で無縁仏になる事もなかったのでは?
千葉家の墓には長男しか入れない?
でも、佐那は一度も千葉姓から変わっていないのに…。
今でも、○○家の墓には長男しか入れない!という人がいますが、(それが常識だったとしても)現在の墓地事情を考えたらどうかと思います。
家の血筋とか、本家・分家ってそんなに大事なのかな?
仏様はそんなに御心が狭いのでしょうか?


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千葉定吉
千葉重太郎
竜馬におまかせ!
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