士学館跡

2009年03月11日
岡田以蔵と武市半平太の関係で、士学館跡(東京都中央区新富1丁目4番地7号)を訪れました。
士学館跡1
鏡新明智流の桃井春蔵の道場。
地名からアサリ河岸の道場と呼ばれました。
千葉周作の玄武館、斎藤弥九郎の練兵館と並んで江戸の三大道場です。
「位は桃井、技は千葉、力は斎藤」といわれました。

安政3年8月、武市半平太が桃井道場に入門し、のちに塾頭をつとめました。
岡田以蔵も同門。
坂本龍馬もよく出入りしていたといいます。

土佐藩中屋敷から合引橋(現・三吉橋)を渡って300mほど行くと、現在、小さな稲荷の祠があります。
通りから見て、その右側付近に道場がありました。
嘉永6年の近江屋板の江戸切絵図の大富町に桃井春蔵の名が記載されています。
坂本龍馬大事典より


近畿地方なら交通網もある程度わかるのですが、その他はおおよその見当になります。
東京メトロ(営団地下鉄)有楽町線新富町駅を北側に出ます。
首都高速沿い150m付近になります。

この付近を土佐の武市半平太や岡田以蔵達が歩いていたのです。
岡田以蔵がどうしても、反町隆史氏の映像で出て来るので、あんな以蔵が歩いていたかと思うと想像力も逞しくなってしまうというものです。
しかし、実際の以蔵は肖像画も写真もないので、もしかしたらルックスは正反対だったかもしれません。
そこがまた想像できて楽しいところでもあるのですが。
この頃の岡田以蔵は、まだまだ血に染まっていなかったのでしょう。

当時はこの周辺には、道場から稽古の声が聞こえてきたことでしょうね。
江戸の三大道場といわれるほどですから、門弟の数のも半端なものではなく、周囲の人は屈強な男性が往来に溢れていて、どう思っていたのでしょう。
これぐらいの名門になると、基本的には礼儀正しい人が多くて、用心棒代わりに重宝していたのでしょうか?

今は静かな場所で、当時道場があったとは想像できない雰囲気でした。


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江戸三大道場
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