黒谷墓地-山崎闇斎

2008年04月12日
山崎闇斎(やまざきあんさい) 1618-1682
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京都の人。
江戸初期の儒者。垂加神道を興し、勤王論の学統の祖となりました。 写真でみる維新の京都より

1665年、会津藩主保科正之の賓師に迎えられ、藩政への助言者として活躍しました。。領内の寺院・神社の整理をおこない、神仏習合を排除しました。
彼の提唱した朱子学を、崎門学または闇斎学といいます。従来の神道と儒学を統合して、垂加神道を開きました。水戸学・国学などとともに、幕末の尊王攘夷思想に大きな影響を与えました。

金戒光明寺の山門を東(右側)に曲がり、石段を登ります。
赤松小三郎のお墓の途中まで同じ道になります。
赤松小三郎のお墓に行く為に石段の途中で左に曲がりましたが、そこを曲がらずに直進します。
がんばって石段を頂上まで登ってください。
文殊塔が頂上です。
そこを北(左)に曲がり、1本目の角を東(右)に曲がると、左側にあります。

石段を一番上まで上がるのは、大変ですが頑張ってください!


新選組の史跡は黒谷墓地の紹介が終わってからの予定です。
あと数人の予定です。

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