明石藩邸跡

2009年02月26日
明石藩邸跡(京都府京都市中京区御幸町通丸太町下ル毘沙門)だそうです。
明石藩邸跡?
明石藩は、親藩のため、親幕傾向が強く、慶応2年6月、第二次征長のとき出兵し、長州軍を敗退させています。

鳥羽伏見の戦いには、海陸両面から大坂に出兵しましたが、途中で引き返しました。
このため、山陽道鎮撫軍の進駐をうけ、同族の松平慶永の取り成しにより、恭順が認められた。
別冊歴史読本幕末維新三百藩諸隊始末より

京阪電鉄神宮丸太町駅を西側に出ます。
丸太町橋を渡り、御所の南東角付近を通る御幸町通を、南に入ったあたりです。

この写真を何故撮ったのか、思い出せませんでした。
それ以前に、撮った場所も忘れてしまって、10年近く謎のままでした。
写真を撮ったからには、幕末に関係があるはずなのです。
“岡田以蔵が誰かを暗殺した地”?とも思いました。

これまでも何度も、少し調べては後回しにしていました。
しかし、今回紹介するにあたり、1時間半かけて必死に調べました。
向かって右手前にある看板の地名と、左側にある会社の看板から場所を探し出しました。
場所は“御幸町通丸太町下ル”辺りだとわかりました。

ではこの場所は何があったのでしょう。
当時持ち歩いて、ボロボロになった地図を引っ張り出してくると、色々な書き込みをした中に“明石藩邸跡”と書いてありました。
念のため、あちこちと本を見てみると、2行だけ“明石藩邸跡”の記述を発見しました。
明石藩邸跡で間違いがないようです。

この本は私が明石藩邸跡を訪れてから購入したような…。
では私は何をみて、明石藩邸跡を調べたのかな?思い出せない(涙)


明石海峡大橋物語明石海峡大橋物語
(1999/12)
岩井 正和

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