紀州藩邸跡

2009年02月22日
紀州藩邸跡(京都府京都市中京区西洞院通三条下ル東側)です。
紀州藩邸跡1  紀州藩邸跡2
貞享年間以降明治初年まで、紀伊和歌山藩の京屋敷がありました。

幕末の頃当藩は天誅組の追討に出陣しました。
第二次征長には、藩主茂承は総督として広島に赴き指揮をとりましたが、麾下の兵や紀州藩の軍艦の活躍も空しく、幕軍側は敗退しました。
紀州藩内の幕末の藩論は、諸派の主張で統一がありませんでしたが、鳥羽伏見の戦の時は官軍につきました。
しかし敗走する幕軍が紀州に入り込んだのを庇護したと詰問され、恭順を示すために官軍に協力し、関東から奥羽へ出兵しました。
写真でみる維新の京都より


阪急電鉄大宮駅や京福電鉄嵐山本線大宮駅から四条通を東へ約550m歩きます。
四条西洞院交差点で北に曲がります。
500m直進すると、大西清右衛門美術館の裏、ガレージの手前の個人のお宅の隅に碑が建っています。
碑には「茶人珠光織田信雄 加藤清正紀州藩邸 古墳」と刻まれています。

紀州といえば、徳川御三家です。
それでも最後は、官軍について奥羽に出兵しています。
これだけ歴史が大きく転換すると、御三家という看板も関係なくなるのですね。

紀州は、幕末というより、“暴れん坊将軍”が思い浮かびます。
実際は吉宗はあんな奔放な人であるわけがないのですが、もし幕末に暴れん坊将軍のような人がいたらどうなっていたでしょう。
坂本龍馬が近い存在かもしれませんが、どこかの藩のお殿様で坂本龍馬のような人がいたら、維新の結果が違っていたかも知れませんよね。

そんなことを想像、妄想?すると楽しくないですか?


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