梅田雲浜邸跡

2009年02月22日
梅田雲浜邸跡(京都府京都市中京区烏丸通御池上ル東側)の碑です。
梅田雲浜寓居跡
梅田雲浜は、天保4年18歳の時、京へ上り医学を学び、後大津の上原立斎に師事、その娘信子を娶り、再び京へ上り望楠軒に教え、その住居は高尾・一乗寺・大雲院内・烏丸御池と転々としました。

嘉永7年、幕府に攘夷を促すために江戸へ出立の際、「妻は病床に臥し、児は飢えに叫く」と詠んでいます。
安政2年信子死去。

攘夷一辺倒に、志士の中心となって活動した雲浜は、安政5年9月7日夜、自宅で捕えられました。
安政の大獄のかっかけとなりました。


※2008年12月18日 梅田雲浜墓を参照してください
写真でみる維新の京都より

京都市営地下鉄東西線烏丸御池駅から地上に出たすぐのところです。
駅を烏丸通の北側に出られる階段を上ります。
烏丸御池交差点から30mほど北に、碑が建っています。

車道側ギリギリに、車道側を正面に建っているので写真を撮るのは大変です。
烏丸通ですから、車の量は半端ではありません。
車が途切れたときに、車道に出て…は無理です。(交通違反ですね。)
歩道から数歩車道に出て…(交通違反ですが)と思ったのですが、路上駐車で碑の前にも車が止まっています。
苦肉の策が、車道に降りて(またまた交通違反、すみません)斜め撮りでした。
今は、駐車違反の取締りも厳しくなっているので、もうすこし写真は撮りやすいと思います。

ビルが建ち並ぶ大通りに、電柱とならんで建っていました。
当時を偲ぶ建物などはありません。
古い建物の一部でも残っていると嬉しいのにな…。

安政5年に亡くなった梅田雲浜なので、新選組と顔を合わせたことはありません。
その後、新選組が結成された後には、新選組はこの前を通っていることでしょう。


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(2008/03/06)
不明

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