横井小楠殉節之地

2009年02月02日
横井小楠殉節之地(京都府京都市中京区寺町通丸太町下ル東側)は、寓居跡から約500mしか離れていません。
横井小楠殉難の地
明治元年3月、朝廷に召され。肥後藩の士籍に復して上洛し、参与となりました。
翌2年正月5日、参賀のため御所へ行き、退出して帰途についた横井の駕籠は、彼の登用を妬む者たちの襲撃を受けて、殺されました。享年61歳。
写真でみる維新の京都より


京阪電鉄神宮丸太町駅から、丸太町橋を渡ります。
河原町通を越えると右斜め前方に、京都御苑が見えてきます。
京都御苑南東角の横を通る、寺町通まで来ると南に曲がります。
曲がってすぐの辺りに碑が建てられています。

歩道に建つ碑ですが、歩道ギリギリに道路の方を正面にして碑が建っています。
反対側からみなければ、文字は見られないです。
交通量は少なくないですが、写真が撮れないほどではなかったです。

御所の目の前に寓居があるのに、やはりこういう人は駕籠なのですね。
出入りする御門まで遠いのかもしれませんが、それでも目の前ですからね~。
駕籠と徒歩だとどちらが安全だったのでしょう。
駕籠だと逃げにくいと思うのです。
周りを警護する家臣がいたとしても、駕籠の中からだと外の様子も分かりにくいですし、いざというときに刀を抜けないのではないでしょうか?
もし歩いていたならば…。
襲撃者の人数にもよりますね。


横井小楠のすべて横井小楠のすべて
(1998/03)
源 了円、

商品詳細を見る



熊本県
福井市
関連記事
Comment

管理者のみに表示