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村井修理捕縛之地

2009年02月01日
村井修理捕縛之地(京都府京都市下京区高辻通河原町東入ル北側)付近になります。
村井修理遭難の地
地下の蔵人所衆であったが、国漢に通じ、兵法に達していました。
尊攘の志士たちと交わり、長州藩士長井雅楽の航海遠略策に反対しました。
和宮降嫁のことにも反対し、岩倉具視らを排斥しました。
文久2年10月には戸田忠至の下で、諸陵調方に命じられました。

文久3年9月、村井は逮捕されました。
獄中で禁門の火災の時の慌てた処刑をみて、憤りを縲史に綴りました。
この時は塵殺を免れましたが、慶応3年12月12日に処刑されました。享年33歳。
写真でみる維新の京都より


阪急電鉄河原町駅から河原町通を南に下ってきます。
河原町高辻交差点を鴨川の方に曲がった北側付近のようです。
捕縛の地といっても、逃げることはしたと思うので、この付近は走り回っているのではないでしょうか?
捕縛の地をピンポイントで確定するのは無理ですから、おおよそこの辺りということです。

この辺りは、新選組がダンダラ羽織を作ったという松原大丸店近くなので、新選組の行動範囲内確実だと思います。
村井修理捕縛と新選組活動開始とは僅かに重なっている程度なので、新選組が村井修理と何かあったかは微妙ですね。
名前ぐらいは聞いていたかもしれません。
村井からすると、出来立てホヤホヤの新選組は目にもかけていなかったかもしれません。
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