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肥後藩屋敷跡

2008年03月31日

壬生寺や壬生屯所の近くに肥後藩屋敷跡(京都市下京区仏光寺通り壬生川南西角、壬生相合町)があります。 200mほどしか離れていません。
higohantei1769.jpg  higohantei2770.jpg
京都における肥後藩邸は、文久3年頃から地図に登場しています。
南禅寺本坊を細川藩の旅館としるしているものもあります。   幕末維新京都史跡事典より


肥後藩は佐幕派と勤王派とが入り乱れていたようです。
第一・二次征長にも加わるなど、幕府側でした。
しかし、鳥羽伏見戦の後には官軍側につき、東海道先鋒軍に加わり、上野の攻撃、奥羽、仙台攻撃などに従軍しています。
横井小楠、宮部鼎蔵、河上彦斎が有名です。

最初にこの碑を見つけたとき、あまりに新選組屯所と近いので驚きました。
肥後藩=宮部鼎蔵や河上彦斎のイメージがあったので、新選組とこんなに近くていいのか?と思ったのです。
しかし新選組が京にいた頃は、藩としては親幕的だったので、この近さでも大丈夫だったのでしょう。
と、勝手に納得しています。
壬生寺、壬生屯所等は訪れても、なかなか肥後藩邸跡までは行かないですね。
近いので、是非訪れてみてください。
本当に近いですよ

横井小楠と松平春嶽 (幕末維新の個性)横井小楠と松平春嶽 (幕末維新の個性)
(2005/01)
高木 不二

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