祗園会所跡と竹屋跡

2009年01月04日
祗園会所跡と竹屋跡(京都府京都市東山区東大路通四条南西側)は並んでいたようです。
祇園石段下
東山、八坂神社に向かって右側(写真では左側)、警察官駐在所からバス停にかけて、東の方には祗園会所がありました。

元治元年6月5日、新選組は京都潜伏の倒幕派取締のため祗園会所に集結しました。
この日、前川邸から祗園会所に向かおうとしている隊士たちを、八木為三郎が目撃しています。
昼頃のことだったそうです。
隊士たちは、何気ない風を装いながら、祗園会所に集まりました。
会津藩とは午後8時頃より共同で探索を行うことになっていましたが、新選組は午後7時頃より動きだしました。

近藤勇率いる10名と、土方歳三率いる22名に編成された隊士たちは、この祗園会所を出発して、祗園の店の御用改めを行いながら北上し、池田屋に到達しました。

この祗園会所の西側に
お茶屋「竹屋」がありました。
後の元勲、山縣有朋(狂助・小助)が在京中、よく遊んだ店です。
山縣は舞妓小菊を愛し、また小美勇と馴染み、酒興の果てに、流しのおこし売りとともに踊り狂ったそうです。
写真でみる維新の京都&新選組史跡事典より


八坂神社の真ん前です。
この写真は八坂神社の石段の上から撮りました。
観光客が八坂神社をバックに写真を撮る中、一人反対を向いて撮っていました。

今は特に何も残っていません。
ここが池田屋への起点となった場所です。
きっとここへ集合した時は、緊張しながら集まっていたのでしょうね。
相手がいてることですから、自分が斬られてしまうこともあるわけです…。

壬生の屯所以外で、これだけ幹部も含めて集まること自体がないのでは?
一大仕事だったことがよくわかります。

その横で、山縣有朋が踊り狂って楽しんだ茶屋があったそうです。
歴史に残る事件の始まりとなった場所の隣に、歴史に名を残した人が遊びまくった場所がある。
幕末の京にはそんな場所が、あちらこちらにあったのでしょう。
本当に混沌とした都だったのですね。


あさぎ色の伝説  【コミックセット】あさぎ色の伝説 【コミックセット】
()
和田 慎二

商品詳細を見る


元勲・財閥の邸宅―伊藤博文、山縣有朋、西園寺公望、三井、岩崎、住友…の邸宅・別邸20 (JTBキャンブックス 文学歴史 26) (JTBキャンブックス)元勲・財閥の邸宅―伊藤博文、山縣有朋、西園寺公望、三井、岩崎、住友…の邸宅・別邸20 (JTBキャンブックス 文学歴史 26) (JTBキャンブックス)
(2007/02/02)
和田 久士鈴木 博之

商品詳細を見る
関連記事
Comment

管理者のみに表示