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福勝寺-古高俊太郎墓

2008年12月17日
古高俊太郎墓のある福勝寺(京都市上京区七番町千本出水西入ル)です。
福勝寺  古高俊太郎墓
古高俊太郎正順は、薪炭商桝屋喜右衛門になりすまし、その家は志士の連絡場所と隠れ家になりました。
しかし新選組の捕えられ、古高は壬生に引き立てられて、拷問を受けました。
池田屋に集い、古高奪還を議していた志士達は、新選組に踏み込まれ壊滅的な犠牲を出しました。

古高は六角牢内で7月20日に斬殺されました。享年36歳。
遺髪の墓は、寺内墓地中央辺りに東向きにあります。
写真でみる維新の京都より


JR山陰本線二条駅から、千本通を北へ1.2㎞。
善福寺と長遠寺の角を西へ曲がると100mです。

福勝寺は、“ひょうたん寺”として有名だそうです。
豊臣秀吉の千成瓢箪を奉って武運を祈り、その威徳を感謝した秀吉が寺領を寄進したので「ひょうたん寺」と呼ばれるようになったそうです。
寺門は九条家からの移築といわれ、1年に1度、節分の日に開門されます。

秀吉の千成瓢箪よりも、池田屋事件の古高俊太郎のお墓です(笑)
節分の日のみ、開門されるので、節分を待って行ってきました。

古高俊太郎のお墓は写真で見ていました。
「中央辺り、中央、中央」と、墓地の真ん中を探しました。
写真は正面だけなのですが、側面に「古高氏」と刻まれているので、探す手だてにしました。
意外とすぐに見つかりました。
正面の文字も、史料の写真と同じです!

遺髪が納められているお墓です。
このお墓の人が、池田屋事件の発端となったのです。
それも歴史に後々残るような、大事件となったのですね。

歴史を感じるようなお墓でした。
もしかしたら、近々ピカピカのお墓に変わってしまうのではないかと、心配していまいました。
多少墓石が欠けていようとも、歴史好きからすればその方が嬉しいです。

宗教上、墓石が欠けるのは縁起が悪いとか、仏様に失礼だとかあるかもしれません。
お墓で眠る方も、あの世で不都合があるかもしれません。
でも、やっぱりピカピカは嫌です。


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