残念さん -長州藩士 山本文之助-

2008年03月23日
明日にでも紹介しようと考えていた史跡ですが、今日紹介する事にしました。
今日、甲子園で選抜高校野球を観戦しました。
第二試合の下関商業(山口)と履正社(大坂)の試合です。下関といえば山口県。山口県といえば長州藩。
明日紹介しようと考えていたのが、長州藩士の史跡で、尼崎市で亡くなっています。
尼崎市といえば甲子園のある西宮市とは武庫川を挟んでお隣で、電車だと数分です。
そしてその史跡が「残念さん」と呼ばれているのは偶然でしょうが、あまりにピッタリと合うので今日にします。


長州藩士山本文之助(残念さん)のお墓(兵庫県尼崎市杭瀬南新町4丁目13 杭瀬東墓地内)です。
阪神電鉄大物駅 北東へ約400m
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山本文之助は、元治元年蛤御門の戦いに敗れた長州兵のひとりです。
京都から帰国途中、尼崎城下大物(だいもつ)で捕らえられ自害しました。
死に際に「残念、残念」と叫んだそうです。
そのため「残念さん」と呼ばれるようになり、幕府に反感を持つ民衆の同情を受け、大坂などから願掛けの参詣が大流行したそうです。
「残念な事があれば、ひとつだけかなえよう」と言ったとか…。
城下東の墓に葬られましたが、のち杭瀬南新町の明徳寺子坊墓地に移されました。
尼崎市発行 ミレニアム遺産100選集より


山本文之助という人は、全然知らなかったです。
夏にお墓を訪れたのですが、蚊の大群が凄くて、数秒とじっとしていられませんでした。
確かに幕末・明治維新は京都や江戸など、特定の場所だけで起こったのではないので、身近に関係史跡があってもおかしくはないのですが、不思議な感じがします。

大物(だいもつ)は、源義経が兄頼朝から逃れるために、大物浦から船出した史実が有名です。
謡曲「船弁慶」 歌舞伎「義経千本桜」

 




明日は、光縁寺の追記を紹介したいと思います。
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