松下村塾-松陰神社

2008年12月06日
松陰神社内に松下村塾(山口県萩市大字椿東)が残っています。
松下村塾9  松下村塾3

松下村塾6  松下村塾7
講義室 松陰の像と机が見えています。

松下村塾1
講義室を違う角度で外から見ました。

松下村塾4
松下村塾で学んだ人たち。

松下村塾5 
吉田松陰が主宰した私塾です。
塾は天保13年、松陰の叔父である玉木文之進が自邸にて開設しました。
後に松陰の外伯父にあたる久保五郎左衛門が継ぎ、安政3年から同6年は、松陰が実家杉家邸内の納屋を増改築して開いていました。

塾では身分の区別なく学ぶことができ、数多くの逸材が輩出されています。
この塾に通っていたのは主に近所の青年たちで、高杉晋作のような士分の存在は稀な存在でした。

講義室だった8畳の部屋には松陰の像と机が置いてあります。
萩市観光協会「ぶらり萩あるき」より


今回の萩における、第一目的の松下村塾です。
卒業旅行で却下された、松下村塾です。
目の前に見えた時は嬉しかったです。

第一印象は、「小さい!!」でした。
もっと広いものかと思っていました。
すごく小さくて、かわいらしい建物でした。

多くの人が出入りして、学びんでいた塾がこんなに小さいなんて…。
それも男の人ばかりですよ。
いくら今より、小柄な人が平均だったとしても、男性ですからそれなりに大きいでしょう。
窮屈で、身動きも取れなさそうです。

ここでは大坂の適塾のように、刀を振り回す人はいなかったのでしょうか?
柱に刀傷があるという話も、耳にしませんでした。

ここにあの、有名どころの人達が集まっていたのです。
この家の壁や柱に触れ、床を歩いたのです。
みんなが集まっている場面は、今だと写真に撮って残せるのに…。
すごく貴重なショットだったでしょうね。

団体旅行で来られている人が多かったです。
拝観料がいるのかと思っていました。
神社内は自由に入れたのと、写真が撮れるというのにも驚きました。
もちろん松下村塾の建物には入れませんが、戸がすべて開いてあり、覗き込むことはできます。
すごく自由な雰囲気で、松下村塾を大切にしながら、隠してしまうのではなく、開放しているのがすごく好感でした。

こういう雰囲気は、京都にはあまりないですね。
反対に、文化財という事で拝観・見学が出来なくなったり、拝観料などをとるようになった場所が、どんどん増えているように思います。


〈幕末維新〉動乱の長州と人物群像―松陰と晋作松下村塾の志士たち (別冊歴史読本 (15))〈幕末維新〉動乱の長州と人物群像―松陰と晋作松下村塾の志士たち (別冊歴史読本 (15))
(2005/06)
不明

商品詳細を見る



萩市 松下村塾
関連記事
Comment

管理者のみに表示
« 松陰神社 | HOME | 岩倉獄跡 »