スポンサーサイト

--年--月--日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

八幡番賀-東軍戦死者埋骨地

2008年10月25日
淀の長圓寺の、戊辰之役東軍戦死者之碑の側面に刻まれている、八幡番賀(京都府八幡市番賀・番賀墓地)です。
八幡番賀2
遠くのブルーシートが見える所が、番賀墓地です。

八幡番賀3  八幡番賀1
(左写真)東軍戦死者埋骨地碑から八幡山が見えます。

墓地の南西端近くに、一般の墓石に混じって、「戊辰役東軍戦死者埋骨地碑」があります。
八幡山を背に東面して建っています。

八幡市役所と文化センターの裏手に当る川の向こう岸の田の中に墓地があります。
通称「野墓」と呼ばれ、中世以来の墓所といわれています。
写真でみる維新の京都より


京阪電鉄八幡市駅から歩きます。
駅から石清水八幡宮のある男山と川の間の道を進みます。安居橋か八幡橋あたりで川を渡り、八幡小学校まで南へ向かいます。
八幡小学校北側の道を渡り、東へ歩くと川が見えてきます。その川を渡ります。
川を渡ると一気に家がすくなくなります。
川の横に道があるのですが、それが上記1枚目の写真の右に見える道です。
右(南)に曲がり、ひたすら田圃の中を歩くと、番賀墓地があります。

駅から2㎞ちょっとあります。
また最後の田圃の中の道だけでも600~700mほどあります。

川を渡る辺りから、一気に家が見当たらなくなりました。
田圃が広がります。
田圃に仕事に来られていない時期なら、人の気配がなくなりますので、女性一人で行かれる時は気をつけるに越したことは無いでしょう。
(この地域が危ないという話は聞きませんが、最近はどこにでも危ない人が出てきますからね。)
カラスも多くてちょっと雰囲気が怖かったです。

埋骨地碑はすぐに見つかりました。
ポツンと建っていて、花を入れるようなものもなく、特に誰かがお参りしているような感じはありませんでした。
周りの景色などから、すごく寂しく感じました。

古戦場(あくまでも私の中でのイメージです。関ヶ原も桶狭間も川中島も行った事がないので 笑)のような感じでしょうか。
何か戦いがあったと言われたら、あったに違いないと思うような雰囲気でした。
関連記事
Comment
こんにちは。
花も何も添えられていない墓なんかたくさんありますよね
きっと墓参りに行っているんでしょうけど
お線香も花も持って行ってないんですよ、きっと・・・。
私は墓所へ行く時は必ず線香を持っていきます。
一番驚いたのは、京都にある「坂本龍馬先生と中岡慎太郎先生の墓」に線香も花もなかったことです

ついでに
沖田総司?の写真は見たことあります^^
違うんですか。あの写真。
ちょっと残念です・・・。
「あーこれが沖田さんか~」
とか思ってたんですけどね・・・(・・;;;

源さんは漫画のとかおじいちゃんですけど
もうちょい若い気が・・・・
源さんがんばれ!

疑問に思ったんですが
いろいろな場所いってますけど
お金とか時間とかすごいですよね?
すごいですねw
いつもありがとうございます。

疑問にお答え~!
それは単に、年を重ねているだけです^^
もしかしなくても、amiさんのご両親より私は年上かと思います。
新選組を知ってから30年ですから…。
年がばれる(・・;

それと電車に乗れば京都に1時間弱、大阪には電車で10分ちょっとで行ける場所に住んでいるので、京都はお手軽に行ける場所なのです。
(京都までJR片道と私鉄往復の料金がほぼ同じ。)
さらに京都や大阪などの史跡巡りは、基本は「徒歩」です。京都に着くと、あとは交通費節約の為、電車もバスも使わずひたすら歩きます。
シフト制の仕事の時があり、平日に休みだったので、電車も休日より空いていたりで良かったですよ。

函館や会津は、社会人になって少し余裕が出来た時に、年に1度、2泊3日の旅行で行ってましたね。

という感じです。
長~い年月がかかってしまっているだけでした。

amiさんも仕事をするようになったら、遠くまで足を延ばしてみてください。

またコメントを頂けると嬉しいです。

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。