淀城跡

2008年10月25日
淀城跡(京都府京都市伏見区淀本町)は、宇治川、桂川の合流点と、木津川に挟まれた川中島にあります。
淀城1

淀城2  淀城3
戊辰戦争時の1月2日、淀城は幕軍の宿泊所となり、当城から幕軍は伏見・鳥羽両街道へ進みました。
伏見・鳥羽両面での敗色が濃くなり、5日昼前退いて、淀城に入ろうとした幕軍は拒まれました。
城主の稲葉正邦は江戸におり留守でしたが、家臣たちの判断でした。
やむなく幕軍は淀の町に火を放ち、八幡から橋本へ向かいました。

橋本付近に佐々木只三郎と見廻組が胸壁を構え、従来から橋本関門を守る小浜藩兵に会津と幕兵が加わり、桑名藩は八幡山へ陣しました。

しかしやがて、淀藩に続き、山崎を守る藤堂藩の裏切りが起きました。

淀付近の地形は明治以降大いに変わりました。
幕末維新京都史跡事典・写真でみる維新の京都より


京阪電鉄淀駅を降りた目の前です。
と、少しまえならそれで終わりだったのですが、今は淀駅の形状が変わったようです。
(私は通り過ぎた事はありますが、まだ降り立っていないので、不確かな情報です。何故なら、京都競馬場がある時と無い時で違う場合も考えられるのです。)
大阪方面と京都方面の駅が、300mほど離れているようなのです。

京都・中書島方面へ行く電車の淀駅の目の前が淀城跡です。

石垣しか残っていません。
淀藩は敗走してきた幕軍の入城を拒否するという裏切りに出ています。
そう思うと、あまりスッキリしないのですが、戦況をみてそうせざる得なかったのかもしれないですね。
おそらく、裏切りがなくても、それほど歴史は変わらなかったのではないでしょうか?


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