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法皇寺

2008年10月16日
法皇寺(京都府京都市左京区南禅寺)の門が目的でした。
法皇寺
南禅寺山門の西側、北寄りにある法皇寺の入口の門は、元の六角牢の表門を移築したものです。

法皇寺は元は乙訓郡今里にありました。乙訓寺といわれ、推古天皇勅願の寺で、宇多法皇が位を捨て、当寺に入ったので法皇寺と呼ばれました。
元禄6年徳川綱吉により、満足稲荷の地に移されました。
明治に満足稲荷の東隣の京都家政学園から南禅寺内に法皇寺が移った後は、満足稲荷だけが旧地に残されました。
写真でみる維新の京都より

南禅寺山門の西側、北寄りに今、法皇寺というお寺が見当たりません。
今は、牧護庵というお寺があります。
お寺が変わるというのもあまり聞きませんが、法皇寺の門の写真と牧護庵の門を見比べると、同じだと思われます。門の向こうに見える木の枝ぶりも同じようです。

南禅寺周辺を一周してみましたが、法皇寺とうお寺は見つかりませんでした。
きっと、この牧護庵がそうなのでしょう。

六角牢という、血生臭い門がお寺の門に使われるのもいいのかな?と思いました。
しかし、城内で戦で血の手形・足型などが付いた床を、お寺の天井に使った血天井などもあるので、それはそれで供養になっているのかもしれません。

六角牢に入れられた志士たちは、この門を潜ったかもしれません。


法皇寺 乙訓寺 推古天皇
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