南禅寺三門

2008年10月15日

石川五右衛門で有名な南禅寺三門(京都府京都市左京区南禅寺福地町)です。
南禅寺1
池田屋事件で死亡する宮部鼎蔵の下僕・忠蔵が、事件直前の6月1日に新選組に捕縛され、南禅寺三門に生き晒しにされ、小川亭のテイが助け出したというエピソードがあります。

忠蔵の生き晒しを目にした肥後藩士が、宮部にこれを伝えるようにテイに依頼しただけとの話もあります。
そして、忠蔵の救出はなかったものとしています。

どちらが事実か、忠蔵の生き晒しが事実だったのかも定かではありません。
しかし、宮部の下僕が捕えられたのは事実です。
新選組史跡事典より

南禅寺三門といえば、大泥棒 石川五右衛門ですよね。
今では、ルパン三世の登場人物の五右衛門を思い出す人が多いのでしょうか?

「絶景かな、絶景かな、春の眺めは値千金とは小せえ、ちいせえ」が台詞だそうですが、「絶景かな 絶景かな」しか知らなかったです。

しかし実際は、南禅寺三門は、石川五右衛門処刑後30年余り後の、寛永5年に再建されたものです。
南禅寺は永仁元年の創建で、現在の殿舎は秀吉・家康の頃の復興だそうです。

今は特別拝観時に、三門に上ることができます。
私も一度上ってみましたが、「絶景かな」というほどには「絶景」ではありませんでした。
高い木々で視界が遮られてしまいました。
何百年と時間が過ぎ、木も成長して高くなってしまったのかもしれません。
五右衛門が見た風景とは、全く違うものになっていると思いました。
南禅寺山門より

忠蔵はこの三門のどこに生き晒しにされたのでしょうか?
三門上というのは、柱ではなく、楼閣の上に晒されたのでしょうか?
さすがに、「絶景」を眺める余裕はなかったはずです。

三門の右前には 「 佐久間灯籠 」 ( さくまとうろう ) と呼ばれる、高さ 6メートルにも及ぶ灯籠があります。
戦国武将の 佐久間勝之 が奉納したもので、上野東照宮と熱田神宮とともに日本三大灯籠 といわれているそうです。
私は最初、佐久間象山の佐久間かと思いました。
南禅寺佐久間石灯篭189

南禅寺勅中門234  南禅寺勅使門233
      南禅寺中門              南禅寺勅使門


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