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四稜郭

2008年03月07日

五稜郭を出発して、途中旧東照宮に立ち寄りましたが、歩けど歩けど四稜郭(函館市陣川町)に着きません。
おそらく歩くしか手段がないと思うのです。
歩く事は特に苦痛ではないので、それ自体はいいのですが、ちゃんと見つかるかも不安要素です。
旧東照宮までは、住宅も多くあったのですが、旧東照宮を過ぎると急に家がなくなりました。
途中でみた標識にもあと「1.9㎞」の文字が…。まだまだ先は長そうです。
本当にこの道であっているのかな?と不安になって来た時に、それらしきものが目に入りました。
ありました~!
「四稜郭」と書かれた看板が見えました。
森か林かというように木が生えています。そしてその奥に進むと、一転目の前が開けました。
“広い草っ原”という風景が目に飛び込みました。これが四稜郭でした。
五稜郭とは大きさも、雰囲気も全然違います。
siryokaku1095.jpg  siryokaku2096.jpg
築造当時は、「神山台場」や「神山の新台場」と称しました。
土地の人々は単に「台場」と言っていました。また箱館戦争の雌雄を決する5月11日m、ここを占領した岡山藩の軍艦水原久雄は「新五稜郭」と呼んだという。多分、五稜郭の背後にあったことでの表現だと思われます。
設計は大鳥圭介といわれています。土塁の一周340mの小さな堡塁で、蝶が舞うような美しい姿をしています。

ここがそれほど重要な場所であったとは思えなかったです。
人通りさえ滅多になさそうで、町の外れにありました。(あくまでも私が訪れた当時です。)
交通手段もなく、年間で訪れる人も少ないのではないでしょうか?
しかしそれでこそ、訪れたときはちょっぴり優越感(?)でした(笑)

さて、町の中心部に戻りましょう。

南柯紀行・北国戦争概略衝鉾隊之記南柯紀行・北国戦争概略衝鉾隊之記
(1998/09)
大鳥 圭介、今井 信郎 他

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