武市半平太邸跡

2008年09月08日
武市半平太邸跡(高知県高知市桜井町1丁目横堀公園内)の碑があります。
武市半平太邸跡1  武市半平太邸跡2
新堀橋の東側に横堀公園北入り口にあります。
数年前は道路の北側にあったのですが、公園内い移されました。
実際の位置は、その北側から30m位東よりの「ひめずる」ビルの場所です。

武市半平太は嘉永3年吹井から、祖母と妻と高知城下新町田淵に移り住みました。
安政2年、門口六間、奥行四間(11×7.3m)の道場を建てて、午前中は妻の叔父島村寿之助が槍術を、午後は半平太が剣術を教えました。
120人ほどの門弟が出入りし、中岡慎太郎、岡田以蔵、久松喜代馬ら、勤王党参加者も多い。
龍馬もよく稽古に来たといわれています。

「坂本の法螺」「武市の窮屈」「武市のアギ」などと龍馬と言い合ったという。
龍馬が剣術の稽古の後、近くの新堀の河岸で体を洗ったという話は、この家でのことである。
坂本龍馬大事典より

武市半平太邸跡といえば、やはり仁井田の旧邸の方が印象的でした。
こちらは今は公園の中に碑があるだけでした。
横堀公園は、菜園場町になるのですね。
公園の前の道路を渡ると桜井町です。

120人の門弟となると、賑やかだったのでしょうね。
たえず誰かかの、声が響いていたのでしょうか。
岡田以蔵にも会えた場所なのですね。

雨なので公園には誰もいませんでした。
晴れていたら、多くの人が集まる場所だったのでしょう。
今は、子供の声が絶え間なく聞こえる、憩いの場所という事ですね。


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(2005/01/18)
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