五稜郭-弐

2008年03月03日
前回に引き続き、五稜郭です。
五稜郭に土方歳三が埋葬されているのでは?というのは有名な話です。
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土饅頭
五稜郭内に残る土饅頭の下に土方歳三が埋葬されているともいわれています。
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半月堡
五稜郭から堀を挟んで離れている堡塁。五稜郭は非常時に役人の家族や付近の住民まで収容できる予定であった。その為、防備はより堅固でなければならなかった。半月堡も当初は五箇所の予定だったが、予算縮小で一箇所となったらしいです。


新選組史跡大事典では、
土方歳三の遺体は小芝長之助によって、五稜郭に運ばれたと「佐藤家文書」では伝えられています。『箱館軍記』に、小芝はこの日の朝に南部陣屋の裏手付近で、長州藩士に捕縛されたと記録があります。

明治6年頃の『両雄士伝』や、明治32年9月10日の「旧幕府史談会」では、
 従士、歳三の屍を担いて五稜郭に帰り、儣を穿ちて之をほうむる

 伊庭八郎君の墓は函館五稜郭、土方歳三氏の墓の傍らに在り。
と記されています。
その場所は、元松前奉行・人見勝太郎、元会計士官・山内六三郎、元新選組隊士・田村銀之助の協力を得た、箱館戦争研究家の旧伊予松山藩士片上楽天の調査によって、現存兵糧庫のそばにある土塁沿いの合葬埋葬地。一本松のある土饅頭であると大正年間に判明した。

しかし、大正15年10月の発掘調査では、遺骨は発見されていません。
だが、明治16年10月13日と16日に、明治11年に土塁沿いから遺骨が大量の発見されたという記事がある。
その遺骨は東川町願乗寺(現・本願寺函館別院)に改葬されたが、以後不明になっているそうです。

そして現在、五稜郭では
箱館奉行所庁舎復元  土蔵の事務所棟  板庫の便益施設の設置  五稜郭分館の撤去  公園管理事務所の移設  堀石垣や土塁の補修工事などの事業が行われています。

五稜郭で土方歳三の埋葬地の研究をされている方によると、新たな事実が判明しているそうです。
この事実については、現在発表されている途中なので、また後日改めて紹介できればと思います。
近い将来、土方さんと会える日が来るかもしれません。

五稜郭をまわっていて、ずっと目で追ったのがやはり土饅頭です。
もしかしたらこの下に土方さんが眠っているのかも…と、土饅頭をみる度に考えてしまいました。
五稜郭は広すぎて、すべての土饅頭を見られないのが残念でした。
箱館戦争のすべてが、この五稜郭に集約されている気がするのです。
そういえば昔、霊能力者が五稜郭で霊視したというのもありました。
土方歳三の埋葬地と沖田総司の容貌は新選組ファンの永遠の謎かもしれません。

次回もう1回、五稜郭かな…。

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