伝通院-壱

2008年07月09日

伝通院(東京都文京区小石川3丁目14-6)は、無量山伝通院寿経寺といい、徳川家康の母於大の菩提寺として知られています。
伝通院6

伝通院3
浪士隊結成の処静院跡の石柱

伝通院4  伝通院5処静院跡の石柱
文久3年2月8日、浪士隊は伝通院塔頭処静(所浄)院に集合後、京都へ向けて出発しました。
処静院の細谷琳瑞和尚は公武合体論者で、山岡鉄舟や高橋泥舟などとも交流があったそうです。

伝通院門前(南隣)には福寿院(大黒天)があり、処静院はその北にあったといわれていますが、江戸切絵図や明治20年頃の地図では西隣に記されています。
処静院は火災に遭い、廃寺となっています。
新選組大事典より

“でんつういん”と思っていたら実は“でんづういん”でした。

ここでの浪士隊集合がなければ、新選組は生まれなかったはずです。
清河八郎はここで、集まった浪士を見て野望を抱いたのでしょうか?
近藤勇や沖田総司、土方歳三、井上源三郎、藤堂平助、永倉新八、原田左之助、斉藤一たちは、大きな夢を抱いていたのでしょうか?
芹沢鴨や新見錦、平間重助、平山五郎は何を抱いて集まったのでしょうか?
そしてその他の浪士達は…。


小石川といえば、最初に連想するのが“小石川療養所”。
時代劇の見過ぎですね。
TBSでやっていた「大岡越前」の小石川療養所が真っ先に思い浮かびます。
医師は竹脇無我さんの“伊織先生”です。

東京ドームが近いのですね。
関西人の私には、東京ドームは珍しかったです(笑)
甲子園は身近なのですが…。

関連記事
Comment

管理者のみに表示