墨染寺

2016年05月26日
今回の最後は墨染寺(兵庫県伊丹市中央6丁目3-3)です。

墨染寺1  墨染寺3

源義仲が創建した七堂伽藍を構える巨刹であったが、天正7年荒木村重の有岡城の戦いで焼失しました。
その後、道元禅師旧跡の墨染寺(京都市伏見区)が荒廃したため、伊丹の住人加楽井氏がここに遷して再興。 後には荒木村重の菩提所となりました。
現在の堂宇は平成7年の新築。

女郎塚
天正7年の有岡城落城後、織田信長は城中の婦女を1ヶ所に集めて焚殺させました。
その供養塔で、表に草書体で「女郎塚」、右側に天正7年巳卯12月13日落城と刻む。

正和2年銘層塔 
荒木村重の墓と伝えられてきた九層の石塔。

上島鬼貫の故郷墓と谷口与鹿の墓
鬼貫句碑 「秋ハ物の 月夜烏は いつも鳴」 があります。
Wikipediaより


JR伊丹駅から東に向かい、県道13号まで出ます。
県道13号を南に歩くと、右手にライオンズマンションがあります。
そこから東を見ると大きく“墨染寺”の文字が見えます。

地図を持たずに来てしまったので、お寺の場所があやふやになってしまいました。
荒村寺はあきらめ、帰路につきなが「お寺、お寺」と怪しい人状態でした。
本当に墨染寺もあきらめようとしたときに、偶然見るけることができました。
信号が変わるのももどかしく、青になった瞬間に走っていました。
大通りから一本入っているのですが、それなりに交通量があるみちでした。

門から中をのぞきましたが、静かすぎて、入っていいのか迷い、今回は門の外からのみで済ませました。
女郎塚はどこにあるのでしょうか。
奥にあると思われる墓地にあるのかな?

女郎塚の話は、絵に描いたような織田信長像ですね。
女までもが殺害される…。
でも先日、大河ドラマ「真田丸」で秀吉が同じように、罪のない者やその家族までも皆殺しにしていました。
信長だけでなく、秀吉も、おそらく戦国武将と呼ばれるような人達は同じような事をしているのでしょう。
それが戦国時代なんでしょうね。
今の時代で良かったと思いますが、戦国時代に生まれていたら、それはそれで納得していたのだと思います。









関連記事
Comment

管理者のみに表示