JR鳥取駅 幕末の鳥取藩

2013年09月13日
JR鳥取駅です。

鳥取駅

鳥取藩
外様
32万5千石

藩主池田慶徳は水戸の徳川斉昭の第五子。
文久2年に上京し、公武間の斡旋につとめた。
藩内には尊攘を唱える改革派と守旧派との激しい対立があった。
翌年8月、京都留守居の河田左久馬を隊長とする尊攘派が、藩主の側用人黒部権之助らを血祭りに挙げた。
藩内抗争は鳥羽・伏見の前まで続けられたが、河田らは長州へ走り、河田自身は東山道征討総督の参謀として活躍しています。
しかし、鳥取藩は禁門の変で長州藩と敵対し、第一次征長には大西儀左衛門のひきいる600人を浜田へ派遣、第二次征長にも出雲今市へ出動する。
このため、藩主慶徳はのちの新政府で要職に就けなかったいわれる。
鳥羽・伏見の戦いに際しては、家老荒尾成章の決断によって政府軍につき、藩内勤王派が力を盛り返した。
東海道鎮撫使は、先鋒の前隊として岡山、佐土原、大村、水口、膳所諸藩の767人を擁し、熊本藩283人を本体とした。
その後隊をつとめたのが鳥取藩兵410人である。
その後、江戸、奥羽、北越へ転戦した。
一方、接収後の桑名城の監守をつって、とめている。
戊辰戦争での活躍によって、鳥取藩兵は賞典を受けている。
幕末維新事典より


鳥取駅には乗り換えでしか行けなかったので、鳥取城址まで足を延ばせませんでした。
鳥取駅と岩井温泉や鳥取砂丘のあるあたりは全然違いますね。
行きは鳥取駅から山陰本線に乗って、岩美まで行きましたが、すぐに街並みから田舎の風景に変わりました。
ギャップが凄い!

鳥取駅前を見て、姫路駅前に似てる?
と思いました。
大阪や神戸ではないんです。
もう少し地方都市なんですよね。

鳥取といえば、龍馬の北辰一刀流の千葉重太郎が鳥取藩の仕事をしていましたよね。
フッと思い出しました。
千葉重太郎に縁の深い鳥取と思えば、これは幕末に大いに関係があるではないですか。
本当に思わぬところで幕末(龍馬関係)に結びついたものです。

近くて遠い鳥取なんですよね。

今度は是非、涼しい鳥取砂丘に行ってみたい&史跡巡りもしてみたいです。






【送料無料】幕末剣客伝 [ 津本陽 ]

【送料無料】幕末剣客伝 [ 津本陽 ]
価格:690円(税込、送料込)



関連記事
Comment

管理者のみに表示