鳥取砂丘

2013年09月05日
今回の旅行の目的地鳥取砂丘(鳥取県鳥取市福部町湯山)に行きました。

鳥取砂丘3

鳥取砂丘2  鳥取砂丘1

鳥取砂丘は、鳥取県鳥取市の日本海海岸に広がる広大な砂礫地で、代表的な海岸砂丘。
日本三大砂丘の1つです。
山陰海岸国立公園の特別保護地区に指定されており、南北2.4㎞、東西16㎞に広がる日本最大の観光砂丘です。
(内陸にある砂丘を含めると青森県の猿ヶ森砂丘が最大になる)
昭和30年、国の天然記念物に指定されました。

中国山地の花崗岩質の岩石が風化し、千代川によって日本海へ流されたあと、海岸に集まったものが砂丘の主な砂となっています。
海中の砂を海岸に向けて流れ寄せる潮流と、海岸線に堆積した砂を内陸へ吹き込む卓越風の働きで形成されています。

砂丘は千代川の東西に広がっていますが、通常「鳥取砂丘」というと、千代川の東側の545haの「浜坂砂丘」を指します。
砂丘によって海から切り離されて出来た湖である多鯰ヶ池がすぐ南東にあります。

最大高低差は90mにもなり、すり鉢に似た形に大きく窪んだ「すりばち」と呼ばれる地形も有名で、特に大きなすりばち(「大すりばち」などと呼ばれる)は40mの高さにもなります。
すりばちの斜面にあり、流れるように砂が崩れ落ちた形が簾を連想させる「砂簾」といった模様や、風速5~6m程度の風によって形作られる「風紋」と呼ばれる筋状の模様も有名です。

鳥取砂丘には、3本の砂丘列が日本海とほぼ平行に走っています。
鳥取砂丘が天然記念物に指定される前までは、陸側の砂丘列から数えて、第一、第二、第三砂丘列と呼称していました。
現在では逆に海側から、第一、第二、第三としています。
これには、砂移動の減少が原因で陸側の砂丘列が消滅してしまった場合でも呼称に都合が良いよう、という理由があります。

平成23年6月23日、砂丘の西側で植物の観察に訪れていた市内の住民が人の腕のようなものを見つけ、同年6月30日、砂丘を管理する鳥取県砂丘事務所を通じて警察に通報しました。
警察が現場付近を捜索したところ、深さ30cmから40cmの砂の中から4体の人骨が頭を西に向け縦1列に並べられた状態で発見されました。
発見現場は観光客が訪れる場所より西側におよそ1.5㎞離れており、ふだんは人があまり訪れない所。

発見された人骨は鳥取大学医学部で鑑定され、同年8月2日、鳥取県警は江戸時代後期から明治時代初期に埋葬された30代から40代の男女3体、20代~50代の男性1体と見られる計4体の人骨であると鑑定結果を発表しました。
死亡原因は不明。
事件性はなく、埋葬された理由も不明。
海難事故で埋葬された遺体と推定されることが鳥取県警により公表されました。

砂丘に埋葬された理由について、地元では明治時代初期と大正時代にコレラの流行を記録した文献が残っており、死亡したコレラ患者を伝染病予防のため砂丘に埋葬したと推定することもできます。
また頭を西に向けた理由については、西の方角に仏教の浄土があるという思想が関係しているのではないかと推測されます。
Wikipediaより



「暑い!」「暑い!!」「暑い!!!」
35度超えの日に鳥取砂丘はきつ過ぎです。
焼けつくような太陽に、砂はフライパンの上の様に熱せられていて、どうしていいのかわからないような暑さでした。

長靴の貸し出しを知らなかったので、サンダルで砂丘を歩いたので砂が入るたびに走りまわりました。
幸い、子供は靴下に靴だったので、やけどしそうな熱さはありませんでした。

広い!
と感動する前に、暑い&熱いしか出てきません。
頂上(?)を目指した途中で、子供の熱中症を心配して「引き返そう」と言ったのですが、「行く!」と泣いていうので抱っこしていこうとしたら、私の方が気分が悪くなって「危ない!」になってしまいました。
幸い大丈夫でしたが、本当にどうしようかと思いました。
当の子供は一番元気に登頂し下山して、その後も走り回っていました。

春か秋かに行くのがいいですね。

でも本当に砂、砂、砂でしたが、ちょっと横を向くと草が生えている一帯があったりと、意外と狭いなと思いました。
それでも海はきれいだし、快晴だったので(写真参照してください)空と海との境が分らないぐらい真っ青でした。
確かに大自然。
天然記念物ですよ。

ここに落書きする人がいるなんて…。
といっても、風ですぐに消えないのかな?
ゴミを捨てる人がいなかったのが凄くよかったです。
もしかしたら地元の方が毎日綺麗に掃除されているのかもしれませんが、ゴミは見る事が無かったです。

今度は真逆の冬に行って、雪の砂丘を見るのもいいかもしれないですね。







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