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井上馨(井上聞多)墓-長谷寺

2008年05月28日
井上馨(井上聞多)のお墓(東京都港区西麻布)にも行きました。
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萩藩士井上光亨の次男に生まれ志道慎平の養子になりましたが、井上家の家督を継いで井上姓に戻りました。
明治3年、馨と改名しました。
藩主の側近に仕え、文久2年には尊攘志士たちと交わりました。
同年12月には、高杉晋作らと品川御殿山の英国公使館を焼き討ちしました。

元治元年8月、四ヶ国連合艦隊との下関講和談判に通訳として加わりました。
第一次征長軍を迎えて武備恭順論を主張。湯田で俗論党に襲われ瀕死の重傷を負いました。
元治2年、俗論政党を倒しました。
慶応元年閏5月、桂小五郎と西郷隆盛との下関会談が流れ、桂を説いて坂本龍馬、中岡慎太郎との会談させ、薩摩名義を利用して亀山社中を通じて長州の為に、小銃、軍艦を購入する事にしました。
英商グラバーから小銃7,300挺を購入、同時に亀山社中の斡旋で蒸気船ユニオン号を購入する事に決め、運用は亀山社中が長薩のための貿易に使用するという契約を結びました。
薩長同盟の成立に尽力しました。

明治政府成立後は、参与兼外国事務掛になりました。
外務、内務、大蔵などの大臣を歴任し、三井組と組んで日本財閥の育成に力を貸しました。
坂本龍馬大事典より

私が新選組以外の幕末・維新の人物を知るきっかけは、本(小説や史料本、漫画)など以外ではテレビが多いですね。
井上聞多を知った、というより、“覚えた”といった方がニュアンスは近いでしょうか。

ダウンタウンの浜田氏が坂本竜馬役で、三谷幸喜氏が脚本を書かれていた、「竜馬におまかせ!」で井上聞多を覚えました。
一般的にはあまり話題にならなかったのですが、このドラマ周辺の新選組好きの中では、ちょっと話題でした。
近藤勇と清河八郎が秀逸でした。

その中で、高杉晋作役の寺脇康文氏が、「聞多」「聞多」と叫んでいるのが凄く印象に残っています。

最近、萩に行って来ました。
湯田経由で帰ってきたのですが、湯田で「井上馨生家跡」もチェックしましたので、またこちらに書きたいと思います。

この番組でさらに興味を持ったのが、「近藤長次郎」饅頭屋さんです。
人斬り以蔵こと「岡田以蔵」は武市半平太とともに、前から興味はありました。
で、高知にも行って、饅頭屋さんの生家や以蔵のお墓など、行っていますのでこちらも紹介したいと思います。
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