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滄浪閣-伊藤博文別邸

2011年03月06日
伊藤博文別邸跡滄浪閣(神奈川県中郡大磯町西小磯)です。

伊藤博文公邸1547 

“大磯の滄浪閣”
明治23年頃、伊藤博文が小田原の滄浪閣へ行く途中、大磯に立ち寄り、その白砂松林の大磯が気に入り、梅子夫人の病気療養のためにも、この地に別荘を建築することに決めました。
別荘が完成すると、小田原の滄浪閣を引き払い、大磯の別荘の方を「滄浪閣」と名づけました。
明治30年10月1日、伊藤は本籍を東京から大磯町に移したため、滄浪閣は伊藤の別荘ではなく本邸となりました。

敷地面積は18,150㎡(5,500坪)。
建物は日本間と洋間が3つあり、日本間は10畳と8畳に仕切ってありました。
3つの洋間は英国調。
廊下等には明治天皇からの下賜品である絵襖が飾られています。
湯川松堂画伯により「源義家後三年の役」「静御前の舞」「太田道灌鷹狩り」「野見宿弥の相撲」の各場面が描かれたものです。

また、邸内に、元勲である三条実美、岩倉具視、大久保利通、木戸孝允を祀った四賢堂を造り、日々の戒めとしたと伝わります(伊藤の死後、梅子夫人が伊藤博文を加えて五賢堂となった) 。

大磯在住時の伊藤の日常は素朴を好み、散歩する際には鳥打帽に着物の簡単な服装で出かけました。
ふらりと農家に立ち寄っては、米麦の値段や野菜の出来具合を聞いたり、夜の海岸へ出かけて地引網の見物をし、イカ釣り船の漁夫に話しかけたりしたといいます。
地元の祭りの時には、四斗樽の鏡を抜いて酒を振舞い、地域との融和を心がけていたという。

伊藤の死後は梅子夫人が居住しましたが、大正10年に養子の伊藤博邦により朝鮮の李王家に譲渡されて別邸となりました。
大正12年の関東大震災では建物が倒壊するが、焼失は免れ再建されました。
第二次世界大戦終戦直後は一時、米軍に接収され、昭和21年2月、李垠から政治家・楢橋渡へ、さらに昭和26年5月には西武鉄道に売却されました。
昭和29年12月に宿泊施設として開業し、大磯プリンスホテルの別館となっています。
昭和35年4月、五賢堂が元首相・吉田茂邸内へ遷座されました(吉田茂は五賢堂に西園寺公望を合祀した。吉田の死後、吉田茂も加えられて七賢堂と改められた)。

“名称の由来”
「滄浪閣」の名の由来は、楚辞の漁父第七「滄浪之水清兮 可以濯吾纓 滄浪之水濁兮 可以濯吾足」(滄浪の水清まば、もってわが纓を濯うべく、滄浪の水濁らば、もってわが足を濯うべし)とされます。
「滄浪」は「あおあおとした波」又は「漢水」の意味で、滄浪の水の流れが綺麗なときは冠の紐を洗い、濁っているときは足を洗う、という意味から、何事も自然の成り行きにまかせて身を処する意味を表しています。

“現状”
平成19年3月31日の営業を以って西武グループとしての営業が終了し、売却されることとなりました。

平成18年11月に行われた公開入札で大手建設会社が名乗りを上げ交渉権を獲得しましたが、大磯町が、歴史的建築物を保存すべく、買取に向けてプリンスホテルと協議することになりました。
町が提示した価格・約25億5千万円と、交渉権を有していた大手建設会社の提示価格との間に大きな開きがあり協議は難航。
結局、町は買取を断念し、今後は新たな所有者に建物の保存を要望することになりました。
Wikipediaより


JR東海道本線大磯駅から約1㎞です。
駅から線路沿いに、途中線路を越えて大磯小学校前に出ます。
さらに線路沿いを歩き、高架の交差点で国道1号に出ます。

私はまだ実際に訪れた事がないので、上記の行き方が一番いいのかは確信がありませんので、参考程度にしてください。

伊藤博文は幕末より明治に活躍した印象があります。
幕末→吉田松陰、高杉晋作、久坂玄瑞
明治→伊藤博文
という感じでしょうか。
桂小五郎(木戸孝允)は、幕末よりかな…。
幕末、長州藩は維新の中心にいましたが、この人!という名前が出てきません。
それぞれにピンポイントで活躍していて、土佐の坂本龍馬のような強烈な印象を与える人がいないという感じです。

伊藤博文も幕末に名前を聞かない事は無いけれど、やっぱり明治になってから、初代総理大臣という印象です。
実際は初代総理大臣より1,000円札なんです。
今の若い人には“???”な事ですね(笑)

これからこの滄浪閣はどうなるのでしょう。
手つかずになって廃墟になる事だけは避けて欲しいです。







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