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会津・庄内藩とプロイセン(ドイツ)

2011年02月09日
幻の戊辰国際戦争”という新聞記事が2011年2月6日の朝日新聞にありました。

戊辰国際戦争
2011年2月6日 朝日新聞
※ またまたスキャナーが不調(涙)
  カメラで撮ったものですがアップします。スキャナーが好調になったらまた交換します。

戊辰戦争での薩摩・長州を中心とした新政府軍との対決を目前に、会津・庄内両藩がプロイセン(ドイツ)との提携を模索していたそうです。
両藩が北海道などの領地の譲渡を提案しましたが、宰相ビスマルクは戦争への中立などを理由に断ったそうです。


会津藩に外国というイメージはないですね。
でも実際は、いろいろな手段を考え、行動していたという事ですね。
もしこの提携が結ばれていたら、戊辰戦争の結果もかわっていて、さらには北海道が日本でなかったかもしれないということですよね。
今となっては、ドイツよ断ってくれてありがとうです。

でも、でも、戊辰戦争は会津藩や新選組にとっては屈辱の戦いで悲劇の舞台です。
戦争自体があってはならないものですが、この戊辰戦争があって結果がそうであったから現在があると思うと、どう考えるのが正しいのか判らなくなります。









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Comment
はじめまして
ああー、わかります。新選組には勝ってほしいですが、薩長が勝っていないと今の日本はないわけですから・・・。

ですが、お話の中では薩長憎し!ですね(^^;)
Re: はじめまして
歴史に“もしも”は無いのですが、それでも妄想の中では色々考えてしまいますよね。
それも歴史の楽しみのひとつでもあるとは思うのですが。
No title
こんにちは。プロイセンは我がいわき市とも因縁浅からぬ国なので、この記事には興味がありました。
ありえないとは思いますが、フランスを倒したクルップ社の巨砲が会津に渡っていたらどうなったことか。

戊辰戦争で勝っていたら会津が日本の首都になって(会津にはそう思っている人がいるらしいのですよ)新撰組が警察組織になっていたかも?
スポッツ
Re: No title
歴史の“もしも”は考えると楽しいですよね。
首都が会津ですか。
ん~、イメージがわかない(笑)
でも美しい自然の残っている会津が無くなっている可能性もあるわけで…、それはちょっといやかもです。

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