有村次左衛門墓-青山霊園Ⅳ

2008年05月23日
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有村次左衛門の墓 (1ロ-12-8)

有村次左衛門は桜田門外の変に参加した唯一の薩摩藩士です。
井伊直弼の首を落としましたが、自分も斃れました。
有村仁左衛門兼善の第四子で、兼清といいます。
示現流免許の達人。

井伊の駕籠の左側から近寄り、井伊の頭に手をかけて引き出し、首を落としました。
太刀先に首を刺して高々と天に掲げ、日比谷門に来た時に後ろから頭を切り込まれました。
鍛冶屋橋手前まで来て動けなくなり、「介錯を頼む」と叫び息絶えたそうです。
幕末維新人名事典より

桜田門外の変といえば、“水戸の尊攘派”のイメージが強いです。
薩摩藩士一人だと、どうしても水戸色が強くなるのでしょうか。

私の中では桜田門外の変が“幕末維新の始まり”という位置づけになっています。



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吉村 昭

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